賭け
河津聖恵
そのとき
人類は虫になってしまったそうだ
ひとりの人の脳の中で
(もはやそのように思うのは心ではなく脳であろう)
ひとりの人の中で空がくずおれれば
遙かなすこやかな人も 悲しい夢を見る そしてまた遥かな人も
六十二年後 歩道をふたたびひとは通りすぎる
交差点の発光ダイオードのまなざしは永劫を見つめることができるから
みんなはふうわり蜻蛉のように透いている
そのむこうに目をとじて銀色の楽器を吹く人がいる
耳をもたないまなざしに
楽器のきらめきだけが切実で
未来のようにいたい
羽は少しだけまだ緑をおびている
そこにひとは賭けることができる
(『神は外せないイヤホンを』所収)