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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

2019年10月25日付しんぶん赤旗文化面「詩壇」

 長田典子『ニューヨーク・ディグ・ダグ』(思潮社)は、2011年から2年間米国に留学をした体験の結実だ。異文化との葛藤、日米双方への違和感といったテーマと共に、作者は自分自身の苦悩と向き合っていく。幼年期のDVのトラウマ、来し方への自省、愛への疑念―。本詩集は自身と世界の痛みに同時に貫かれた、貴重な感情の記録だ。
 五十代で留学を果たした作者にとって、米国は再生のための場所だった。「ここに来てからは/悪夢を見ることはなくなった/わたしは/満員のフェリーに乗る観光客のひとりとなり/汽水域をなぞって/ゆるゆると/自由の女神を見るために/リバティ島へ/そして/かつて移民局のあった/エリス島へと/移動した/とても平凡で穏やかな行為として」
 だが3.11が地球の裏側から揺さぶりにかかる。「わたしは一時間中喋り続けてしまった/からだの底から突き上げてくる怒りを、恐怖を、/ニホンのメディアとアメリカのメディアの報道の食い違いについて/ニホンの地震についてTSUNAMIについて、/(略)/それから、/ニホンの政府が安全だと原発を推進してきたいきさつについて、/コントロールできない原発事故の危険性について、」作者は何度も叫ぶ。「リアリティ、ってなんなんだ!」
 3.11に突き動かされ9.11の現場に立ち、作者は幻想の中で死者となりその無念を知る。あるいは銃社会の恐怖が呼び覚ますDVの記憶から、やがて父への愛を見出していく。母国で見失った愛や希望が、異国で新たな命を得ていく過程が赤裸々に語られ、胸を打つ。
 自分自身と世界に向き合って生まれる感情は、詩を深く豊かにする。本詩集はそのことを率直に教えてくれる。