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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

2020年2月17日京都新聞文化面「詩歌の本棚・新刊評」

先月京都で伊藤若冲の展覧会を見た。絵師の目と技が生き物から引き出した命の輝きが、二百数十年後の今に溢れていた。これは詩の輝きではないか、詩人も言葉で心情にイメージを与える絵師ではないか―思いはいつしか詩へ向かった。
 宮せつ湖『雨が降りそう』(ふらんす堂)は第一詩集。作者は福島県に生まれ、今は琵琶湖の畔に住む。故郷をモチーフとする詩からは、豊かな自然に育まれた幼年期の記憶を言葉にする喜びが伝わる。擬態語やリフレインや童話的な設定は、時にやや甘美過ぎる感もあるが、琵琶湖の詩も含め、情景を照らす光が甘さを救っている。それは「雨が降りそう」な空がおびる不思議な輝きである。
 東日本大震災の日の心情を描いた詩は痛切だ。
「二〇一一年三月一一日。/通じない電話をいつまでもかけ続けた//二日目/朝のひかりが虚しい/じっとしていられず/ケイタイを耳にあてながら/父瞑る京都の納骨堂へ行った/観音様 神社 お寺 お地蔵さん/高台寺公園の合歓の木の樹皮に/円山公園のまだ咲かぬ枝垂桜に/空の青さに 池のあひるに/カラスや 鳩や 青銅のハト/店先の狸の置物にまで/掌を合わせた//その日の夜/ケイタイを突き抜けてくる/声。/「ダイジョブダガラシンパイシネデ」/母の声だ。//わたしは/吸いとるように/その声を聞く/肌のすみずみに/母の声が広がり/もう/みちのくの母でいっばいに/いっばいになる」(「母の声」全文)
 史麻雅子『呟(けん)』(編集工房ノア)の作者は一九三三年生まれ。今も身の内に残る「銃後の子ども」として生きた日々の記憶が、作者を詩の「呟き」へ突き動かした。内にも外にも戦前と戦後を明確に分かつものは今もない。それゆえに作者は、五感から消え去らない戦争と向き合い続ける。
「道なりに歩くうちに/どこからともなく くぐもった枯れ草の匂い/知らず識らず 泡立つ気分/(略)/一銭五厘で召集できる兵より大事な/軍馬のための「まぐさ」づくり//丈高い夏草を刈り干し束ねる/干し草の軽さと 割り当て量の重さ/戦中の児童は「まぐさ」の供出にはげんでいた//陽炎のむこうに見え隠れする/干し草を食む軍馬と/傷だらけの銃後の子ども」(「あの夏の」)
 黒田徹『なつのあしたに』(編集工房ノア)の作者は、京都に生まれ大阪で学生生活を送り、社会人となった東京で「VIKING」の創刊者富士正晴に「強い養分」を与えられた。生きてきた長い時間が今、小さな姿で詩に照らし出される。
「ひからびた土のうえ/蟻がゆっくり行き来している//ながい時間の思い出が/詰まって小さな石になり/昔の歌も入れたまま/声をひそめ足もとに落ちている//つややかな石のうえ/蟻はゆっくり行き来している//陶器の卓に飲みほした器をもどす/掌ごしに赤い色、見えた気がした」(「百日紅」)
 呉屋比呂志『ブーゲンビリアの紅い花』(OFFICE KON)の作者は、魂の故郷沖縄に寄せる思いと京都に生きる現在を重ね合わせる。力強い筆致で、戦争の悲惨を越える花の輝きを求めていく。
「あの戦火で焼き尽くされたうるまの島人と/空襲から かろうじて免れた京の人がともに集い//汲みつくせない地下湧水のように手を取り合い/島酒をかたむけて酔い 島唄に合わせて舞をまう//さくらの花びらは風に舞い 都の空に流れ出し/その花筏の背に乗って大海原へサバニ舟は漕ぎだしていく」(「京の四月」)