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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

宇梶静江『大地よ!』(藤原書店)書評 2020年5月10日共同通信

八十七歳の古布絵作家・詩人が同胞への遺言として綴った自伝である。

 北海道のアイヌ集落に生まれた作者は、幼時から農業や行商に明け暮れる中、カムイ(神々)と共に生きる大人たちの姿から、民族の精神性を魂に刻まれる。だが旧土人保護法以降尊厳を根こぎにされたアイヌの生活は、戦時中さらに厳しさを増していく。昆布採り、酪農、農業と変転する暮らし。兄姉の奉公。貧しさと「イヌ」と蔑まれる差別から学校を長期欠席する子供たち。作者の中学入学は戦後20歳の時である。
 上京し結婚後始めた詩作が「内なるアイヌ」が目覚めさせた。38歳の時新聞に投書し注目される。作者は北海道から東京に移り住み出自を隠して生きる同胞へ呼びかけた。もう一度アイヌを、差別を見つめよう。連帯し誇りを取り戻し「真の解放」を求めよう―。
 その後権利獲得運動に乗り出すも、やがて壁にぶつかる。行政だけではない。どうか放っておいてという大多数の同胞に巣食う空虚だ。だが同じ空虚は自分にもあった。アイヌをテーマに出来ないまま詩作も途絶えた。
 だが63歳で古布絵と出会う。村での記憶が蘇り、アイヌの世界と創作が重なった。「アイヌはここにいるよ」という思いをフクロウの赤い目に託した。「ユーカラ」にも親しみアイヌ刺繍も織り込む。作者自身のアイヌが表現を獲得
し、ついに「大地」に立った。
 言葉が「天から零れ落ちて」きて詩作も復活する。「内なるアイヌ」が「アルラッサーオホホオ」と声をあげた。アイヌの精神性こそが「人間であることの根源から生まれてくる光」だと確信した作者は、同胞が個々に立ち上がる運動を今に至るまで実践していく。
 3.11に寄せた詩「大地よ」は「大地よ/重たかったか/痛かったか」と始まる。自然の重みと痛みへの感受性を世界はどうしたら回復できるのか。今を生きる者全てに「内なるアイヌ」は眠る。本書に響く声に耳を澄ませて、目覚めさせたい。