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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

詩・石巻(二)

石巻(二)
                                          河津聖恵
矛盾だ
この地を故郷とする遙かなひとびとが
まだやって来ていないのに
私の足は先んじて瓦礫をふみしだいている
(その痛みはほんものか、ならばどのように伝えられるか) 
この地で生きてきたひとびとが
草のように根こぎにされたのに
背後にはよそびとの場違いな足跡が生まれ
月面のようにくっきり残されていく
苦悩の中からようやく薄い眠りについた風景を
土足で目覚めさせていはしないか

この瓦礫の原をどのように歩けばいい?
あの日から誰もが深く迷っている
「復興ツアー」に参加した十八名もまた
彼方に息をひそめる何者かの影であるかのように
足下がおぼつかない
何を見つめたらいいのか
こんなに見つめられているのに分からない
くり抜かれた眼を持つ家々や
瞼のない瓦礫のまなざし
青いのに青いと思えない空から墜ちてくる光の破片や
魂の虫たちが激しく鳴き交わす音波
それらをかい潜るのではなく
全身で受け止めるべきだ 
だがその苦痛のまなざしと声を受け止められるほど
私たちは透明になれるだろうか

南浜門脇地区の瓦礫の原を
本当は巨大な無のジープがゆきかっている
白い無のけものが砂埃をあげている
(それを見届けなくてはならない)
私たちはかろうじて作られた結界である
瓦礫の払われた道を
心を吸われるように歩いている影だ
(これは何か、私はなぜ来たか、何をしているのか)
かすかな眩暈のような問いかけに
ふりはらってもふりはらっても
事物の音波が見えない蠅のように蝟集する
ひとつひとつの瓦礫は耳や瞼
水の力でなぎ倒された電線や鉄柱は
何かを護ろうと腕を曲げたまま息絶えたひとの姿
瓦礫の海に打ちあげられた土まみれの生活用品は
みなひとしくささやかで慎ましい(慎ましすぎる)
写真の消えた写真立て
シールの剥がれたビデオテープ
誰かが故意に? と思うまもなく見つけた日本人形は
緋色の長襦袢を見せて踊りかけ死んでいた
汚れた白い顔に眼も鼻も消え
かすかな紅色だけが唇の位置を示していた

津波は悲鳴をことばを
そして名と存在の証さえ奪い尽くしていた

けさ松島の沿岸で
謎の僧侶の一団が橙色の袈裟をひるがえし
草の道を駈けていくのを車内から見た
海に向かい祈りを捧げるための巡礼の途中
どこの国の人かも分からない褐色の肌が光り
そこだけ月面のように
地を軽やかに蹴って飛ぶように駈けていた
(あれもまた遙かに眠るひとの鮮やかな夢だろうか)
やがて向こうからもやってきた一人の橙の天使
かれらはよろこびのように悲鳴のように
いっせいに手を拡げた
色は輝きをまししぶきをあげ合流し 渦となり
私たちの車をさらに前方へとおしだしていった

風景は感情と沈黙の速度を上げた