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詩空間

河津聖恵のブログ。この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

安世鴻日本軍「慰安婦」写真展に行きました

昨日10月11日、
大阪・心斎橋のビルゼンギャラリーで行われている Juj
重重Projectによる安世鴻日本軍「慰安婦」写真展に行きました。
慰安婦」の写真展は初めてです。

41才の写真家のまなざしは
ハルモニ達の深い皺を刻まれた、
歴史の証言としての一瞬の表情を絶妙に捉えていました。

真実とは何か。
写真家はその問いかけに表層的な答えを出すのではなく
問いかけ自体をより深めていました。
真実とは、どのような次元にあり、どのような感受性にあるのか──
対象にあるのか、それともそれをまなざす主体にあるのか、あるいはそのあわいのどこかにか──

キャブションには、生年、動員年齢、地点、日本名、だけが記されています。
そこから私たちの想像に拡がるだすべき
雪原のような孤絶の人生がたしかにあります。
みえないものとしてずっとそこに。

忌まわしい記憶が彼女達に目を伏せさせ、背を向けさせ、
鏡の中で他者と眼差しを交わさせています。
いまだ行方不明の少女達が、そこにいます。

ハッと気づきました。
彼女達の尊厳は、私自身の尊厳でもあるのだ、と。
被写体の心の奥に抑え込まれた声々と
沈黙するモノクロの粒子の痛苦に
いつしか共鳴の通路が拓かれていきました。
真実に向きあう多くの人に見てほしい写真展です。
(明日は別会場でトークがあります。詳しくは下記のブログの紹介記事を御覧下さい。http://reliance.blog.eonet.jp/default/2012/10/post-6a61.html

写真展とは直接関係ありませんが、
私は次の詩に出てくる「順伊」という少女がずっと気になっていました。
この少女はみずからいなくなったのか。
それとも歴史に連れ去られたのでしょうか。

雪降る地図   1941.3.12
                   尹東柱

順伊(スニ)が去るという朝 せつない心でぼたん雪が舞い、悲しみのように 窓の外はるか広がる地図の上をおおう。部屋を見廻しても誰もいない。壁と天井が真っ白い。部屋の中まで雪が降るのか。ほんとうにおまえは失われた歴史のように飄然(ふらり)と去ってゆくのか、別れるまえに言っておくことがあったと便りに書いても おまえの行先を知らず どの街、どの村、どの屋根の下、おまえはおれの心にだけ残っているのか、おまえの小さな足跡(あしあと)に 雪がしきりと降り積もり後を追うすべもない。雪が解けたら のこされた足跡ごとに花が咲くにちがいないから 花のあわいに足跡を訊ねてゆけば 一年十二ヶ月 おれの心には とめどなく雪が降りつづくだろう。