三月のピノキオ
河津聖恵
��空の鐘�≠ェ響く
茂みの中で人形たちは身をふるわせる
ユキヤナギの沈黙の鈴は沼の水面にさやぎ
伐りたての木株は白く不安なお喋りを止められない
沼に沈みかけた小屋
永遠に傾いている世界
あの日机とともに壁に打ちつけられ
私はどうなってしまったのか
まるで死んでいるように茫然とし
まるで生きているようにとても寒い
私を作りかけたまま
凍った影になって床に横たわるおじいさん
弦のない弦楽器(たましひ)の重さを抱きしめ
今も深い奈落へ落ち続けているおじいさん
もう一度起きて
あの時入れられなかった青い目を入れて下さい
そしてどうか私の名を呼んで下さい
そうでなければ私は泣くこともできないから
鐘の音にふれられた鼻が
野放図な蔓のように空虚へと伸びてしまうから
��空の鐘�≠ェ響く
地上に散らばった欠片という欠片が目を覚ます
岸辺のレンギョウの指が
水深く世界のスイッチを探しあぐねる
うたえない水鳥たちの冷たい嘴が悲しみの波紋を拡げる
小屋は沈みかけ
世界は永遠に傾いている
おじいさんは死んでいる
なぜ誰も助けにこないのか
小屋は心そのもののように目にみえないからか
ボートが次々とそばを通り過ぎていく
��空の鐘�≠ヘ夕暮れとともに
ヒヤシンスの暗い香りに変わり
今私は星のようにひとりぼっちだ
生まれたばかりでとても寒く
死んだばかりで茫然としている
誰が私をのぞんだのか
何の似姿であることを願ったか
おじいさんは真実を握りしめて息絶えている
人が人形になる三月
嘘と真実が引き裂く傷口から 太古の血潮があふれれば
人形が人となるかもしれない 春三月