#title a:before { content: url("http://www.hatena.ne.jp/users/{shikukan}/profile.gif"); }

河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

水の痛みを感じつづける

あの厚い氷の下の冷え切った水の中を泳いでいる一匹の鯉」Image455
昨日引用した、鄭芝溶の言葉を借りた宋友恵さんの、東柱へのオマージュです。
「氷の下の冷えきった水」
この社会で今もまた水圧を高めだした「水」を思います。
歴史や他者を思考させず
自分の息づかいだけしか聞こえないような
水圧、水。

中上健次には水について印象深い一節があります。
「昔の日は今と、よく似ている。だが違っている。知りたい、なにもかも、知りはじめた以上、知り尽くしたい。水に俺は溶けないが、水の痛みを感じつづけている。」(「十八歳」)

高澤秀次『評伝 中上健次』によれば、
作家が小学生の頃、
家のすぐ近くの熊野川でほぼ同い年の従兄弟が溺死したそうです。
それ以来「水」は
作家にとって象徴的な存在になったといいます。
「水の家」「水の女」という作品もあります。
水は中上さんにとって痛みの根源としてありつづけたんですね。

「水に俺は溶けないが、水の痛みを感じつづけている。」
とは
一見透き通っているだけの水には
じつは無数の他者たち死者たちの痛みが
棘のように響き続けているということ。
まして詩や小説を書く者ならば
その痛みに傷つけられることでしか本当の作品は書けない、
あるいはそれ以前に本当に生きることさえできない、
と言っているのではないでしょうか。
高められる水圧の下で
沈黙をしいる均質の物質に負けてはいけないのだと。