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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

松本清張『北の詩人』

連休の方も多いと思います。Image469
京都も昨日は黄砂でかすんでいましたが、今日は晴れ上がり、
家の窓からのぞく桜の梢も、陽ざしとたわむれながら、つぼみをふくらませています。なかぞらから歓喜が始まっているようです。

ここのところバッグに持ち歩いて読んでいたのは、
松本清張『北の詩人』。
林和(リムファ)という実在の詩人の、政治と詩、あるいは人間の弱さと強さのあいだでの揺れ動く苦悩を描いた力作です。
解放後から朝鮮戦争までの、歴史のリアルな実像が描かれています。

林和は、1920年代から30年代に朝鮮プロレタリア芸術同盟(=カップ)の中心人物として活動しましたが、1934年に日本の特高に検束され、転向しました。
解放後、みずからの負の経歴を隠し、往年の革命の闘士として、新時代の文学運動の指導者としてみなの尊敬を集めていきます。
しかし、彼の転向の記録を、アメリカの情報部はにぎっていました。
なぜなら日本の敗戦で特高は解体されましたが、そこにあった資料をアメリカは押収していたのです。日本なきあと、今度はアメリカが朝鮮半島を占領統治するために役立てるためです。
林和は、転向の資料と肺病の薬とひきかえに、スパイ活動を強いられます。
教会から定期的に集会案内が来て、そこに密会の日時が書き込まれています。
アメリカの目的は情報そのものではなく、彼がスパイ行為に手を染めていく過程の中で、彼自身に自分が汚れていき、スパイという犯罪からもう抜け出せないと意識させることでした。
牧師や他のスパイたちの、そのいわば高等戦術が、からまりつづける蜘蛛の糸のようにおそろしかったです。
南朝鮮共産党員も、そのように多くがスパイを強いられ、いつしかそんな自分を受容していきます。
やがて北朝鮮へスパイとして送り込まれた林和は、共和国の裁判で死刑となります。
大変重い内容ですが、外界の描写と内面を重ね合わせる筆致が鋭く、作家の強い力にひかれてぐいぐい読んでしまいました。

文庫本の巻頭に掲げられた「暗黒の精神」という詩の一節です。

いま この
真っ青な鳥は
力なく はばたき
息も 絶えだえに
冷えてゆく胸をいだき
暗い恐怖
絶望の吐息にふるえている
──どこにも道がない
暗黒の谷間で

なお、林和は、中野重治の「雨の降る品川駅」への応答詩を書いているというのですが、誰がご存知の方、教えて下さい。