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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

「自由 次は熊野」(詩)

自由 次は熊野Image359
                      河津聖恵

自由 次は熊野──
笑う闇のトンネルに身を揺すられ
永遠の移動空間・南紀3号は
また明るい熾火の文字をぽつりと生んだ
不可知の徴をつけられ
幻の痛みが走る額に手をやると
艶消されていた時間は
トンネルの彼方から花ひらく光に
次々砕かれていく
どの峠なのか
どの川か
何という閃きか
ふりあおぐ熊野の髪から産み落とされて
この世の隅を燃やす秘密の地名たち
鬼、龍、馬、鷲、鯨、母──
葉から葉へ
影から影へ
ちらちら渡されていく火
あぶり出される私たちの
恥ずかしい暗号を知りたい
水の波紋 石の瘢痕
裸形に透けるものみなの
恥ずかしい固有名を見たい
蜜柑のように光に浸された山々は
今よぎる鳥のコトバに触れ
青緑の夢の中で笑いを止めず
われ知らず山脈を拡げていく
色も光もすでに神の柔らかな虚構
スチールの窓枠と座席はふうわり浮き上がり
さらに明るい鏡の中へ
カグツチ色に輝く12時46分は
宇宙の真芯へ
自由 次はクマーノ──
世界の耳を塞ぐ緑は
激しい羊歯となってせり出した
中空から原初の音のように
真っ青な血の滝が落ちてくる
虻のような光と色はすでに
くまぐまをみちる大きな鼓動
誰がここで生きるのか
(彼方で死ぬために)
誰が彼方で死んでいくのか
(ここで生きるために)
自由 次はクマーノピア──
窓ガラスだけが走っていく
私はどこにいるのだろう
遙かな欲望の北から
七色の産出の南へ
落ちのびていく紀勢本線
ひらかれた黄泉のくちびるから
炎の蝶が煌めく浄土の海へふぶいている

*「自由 次は熊野」は、実際の車内の電光表示では「自由席 次は熊野市」。