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詩空間

河津聖恵のブログ。この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

詩「プロメテ」(シモーヌ・ヴェイユ)

シモーヌ・ヴェイユは九篇の詩を残しています。Jpg
1937年(二十七歳)頃に書かれた「プロメテ」を紹介します。
ヴァレリーにも高く評価された作品です。
前作の「稲妻」(29年)から大分間があいています。
シモーヌ・ヴェイユ詩集』の小海永二氏のあとがきによれば
「その中断期間は、彼女が最も熱烈に政治的な活動に参加した時期にほぼ見合う」
といいます。
つまり「政治の季節」の後である1937年は
詩人ヴェイユにとって精神的に転機の年だったのです。
小海氏によれば
「彼女が一九三六年の夏にスペイン市民戦争に参加し、負傷して帰国した後、イタリアに旅行してキリストの臨在を体験する年」にあたります。
政治への絶望から宗教(カトリック)へ向かい始めるのです(しかし結局は入信はしません)。
「この年の夏、聖フランチェスコの故郷、アッシジの町で祈った彼女は、この町から出したある友人への手紙の中で、『若い時から、いろんな理由があって、わざと押しころしてきた詩への使命感がよみがえるのを感じた』と書いている」そうです。
つまりこの作品は「わざと押しころしてきた詩への使命感」が蘇る中で
書かれたということから、ヴェイユにとって特別なものだったと分かります。
人類に火をもたらしたために
ゼウスから鷲にその肝を食われるという劫罰を課せられた「プロメテ」。
それはヴェイユにとっては
キリストだけでなく
自分を無にすることで世界に愛の回復を祈ったすべての人々、
そしてヴェイユ自身の自己像を重ね合わせたイメージであるでしょう。

プロメテ
                                                             シモーヌ・ヴェイユ小海永二訳)

孤独の ある獰猛なけだものが、
腹の中で絶え間なくその身を責めさいなむもののために、むしばまれ、
疲労にふるえながら 走り回っている、
死によってしか逃れられない飢えから逃れようとして。
そのけだものは 暗い森を横切って食物を探し、
夜がその影をひろげる時には何一つ見えず、
岩のくぼみに住んで 死ぬほどの寒気に打たれ、
成行きまかせにしか抱き合い交尾することもできず、
神々に苦しめられ、その攻撃の下で泣き叫ぶ──
プロメテがいなかったら、人間よ、お前たちはこうなるだろう。

創造者であり、破壊者でもある火よ、芸術家である焔よ!
火よ、夕空の微光を受け継ぐ者よ!
曙(あけぼの)の光が あまりにも悲しい夕暮の只中に昇る。
優しい暖炉は人々の手を結び合わせた。
畑が焼き払われたやぶに代って場を占めた。
固い金属が どろどろの溶解物の流れ口からほとばしり、
赫熱した鉄が ハンマーに打たれて 曲がり しなう。
屋根の下の一つのあかりが 魂を豊かに満たす。
パンは焔の中で果実のように熟れる。
プロメテは何とお前たちを愛してくれたことか、こんなにも美しい贈り物をするために!
                                                             
彼は車輪と槓杆(てこ)とを与えてくれた。おお、何という偉業!
運命が人の手の僅かな重みに曲がる。
道路を支配し 槓杆たちを見張る手を
「必要」は遠くから畏敬する。
おお 帆に征服された海の風よ!
おお 帆を持たずに血を流す犁べらに 開かれた大地よ!
一つのランプが力なく降りてゆく深淵よ!
従順で固い鉄は、走り、噛み、もぎ取り、
引き伸ばし、打ち砕く。両腕は、彼らの餌食を、
血を与え 血を飲む宇宙を、抱きかかえる。

彼は 典礼と寺院との創始者だった、
寺院、この世から遠くに 神々を引きとめておく
魔法の円。かくして人間は、ただひとり
沈黙して 運命について 死について 天空について瞑想にふける。
彼はまた 記号の、言語の、創始者だった。
翼あることばは いくつもの時代を横切り
山を越え 谷を越えて、心を、腕を、動かしに行く。
魂はことばで語られ、理解されようと努める。
空と大地と海とは、二人の友が、二人の恋人同士が
小声で語るのを聞こうとして沈黙する。

数の存在はいっそう輝かしいものだった。
妖怪たちは、悪魔たちは、死にながら去ってゆく。
数をかぞえる声は亡霊どもを追いはらうことができた。
ハリケーンでさえも おだやかで透明だ。
底なしの空に それぞれの星が位置を占め、
星は 一言の嘘もなく 帆に語る。
行為が行為につけ加わり、孤立したものは何一つない。
いっさいのものが正しい秤の上で釣合っている。
沈黙のように純粋な歌が生まれる。
時として 時の屍衣が半ば開く。

夜明けは彼によって不滅の歓喜となる。
だが 苛酷な運命は彼に屈従を強い続ける。
鉄鎖が彼を岩に釘づけにし、彼の額はゆらぐ。
彼が十字架にかけられて吊り下っている間、
冷たい苦悩が刃のように彼の中にはいってゆく。
時間が、季節が、世紀が、彼の魂をむしばみ、
次々と続く日が、彼の心臓を衰えさせる。
彼の身体は拘束されてむなしくのたうつ。
逃れゆく瞬間が 彼のうめき声を風にのせて吹き散らせる。
孤独で無名の、不幸にゆだねられた肉体よ。