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詩空間

河津聖恵のブログ。この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

8月11日付毎日新聞夕刊「真実の言葉に耳を澄ませ」

Bunkaなう 震災と表現�@圧倒的な破壊の後
真実の言葉に耳を澄ませ 

                                     河津聖恵                                                         

 七月初め、私は宮城県石巻市で行われた「復興ウォーキング」に参加した。炎天下、画面でしか見たことのなかった風景を360度、五感で体感しながら瓦礫の原を歩いた。空気には聞こえない音波が満ち、乾いた瓦礫はつねに波動をこちらに送ってきた。津波に内部をさらわれた家々は声なく絶叫していた。水産加工場跡の異臭は体の底から言葉を奪った。覆うもののない瓦礫の原は一面、ものみなの悲鳴によって強く発光していた。
 言葉を奪った鋭い音波の余韻。だが無意識に投げ込まれたそれは、未知の言葉の核を作った。3.11の圧倒的な現実を前に途絶えていた詩作が、その後私に再び始まった。心に突き刺さった音波のナイフが、塞がれていた詩の通路をこじあけてくれたといえよう。あの日私もまた自分のものともつかない悲鳴を上げたが、それが少しずつイメージや意味の姿となり始めてきている。もちろん悲鳴の根の辺りはまだ闇に残しながら。
 悲鳴と言葉。塞がれたその間を突破できないことが、今詩人たちに深い無力感を与えている。悲鳴は実際の光景に対してだけではない。言葉や文化の「バベルの塔」が一気に崩れ落ちた、一人一人の「世界崩壊感覚」から上がったはずだから。
 悲鳴vs言葉。その対立項が今、「沈黙vs言葉」に代わり詩の現場に迫り上がってきている。だが求められているのは、悲鳴を引き写す言葉や、観念にねじ伏せる言葉ではない。悲鳴を素通りし、型通りの美意識のまま書かれる詩ではさらにない。現代詩はポストモダン以降、現実との関わりで「詩とは何か」を考えることを避けてきた。脆弱で曖昧なモダニズムを享受し続けた結果、言葉の力は急速に失われた。3.11の破壊は、詩を根こそぎにするのか。あるいは詩は、破壊の現実と向き合うことで「復興」できるのか。破壊の後にもなお、いや破壊の後だからこそ、ひとは真実の輝きを放つ言葉を求めている。
 悲鳴と言葉の間。私の中の通路はだが、被災地で拓かれる以前すでに他者の言葉によって掘り進められていた。被災者が体験や思いを語り続ける真実の言葉、あるいは故郷の被災を目の当たりにした痛苦から、「瓦礫の中からことばを」とTVで熱く訴えた作家・詩人辺見庸の言葉、そして3.11以来、応答を求めるように読み続けた、それぞれが史上最悪の破壊を体験した詩人たち─原民喜(原爆)、石原吉郎シベリア抑留)、パウル・ツェランアウシュヴィッツ)等─の詩によって。かれらはみな言葉を奪われた悲劇の後に、言葉への信頼と使命感を取り戻そうとしている。
 今日も悲鳴はどこかで上がる。瓦礫の中で応答して言葉が輝く。復興と共に忘却の明るい闇が深まろうとも、詩人は耳を澄ませ聞こえない悲鳴を捉えて、言葉に未知の輝きを見出さなくてはならない。悲鳴と言葉をつなぐ「声の道」(ツェラン)を拓くために。