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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

「詩と思想」9月号

詩と思想」9月号の特集は「日韓環境詩・李箱生誕100年」。Image819
私も、以前ブログでも少し触れた、リンギスの「汝の敵を愛せ」から触発を受けた詩を書いています。

黒い光
                        河津聖恵

遥かから黒い光に包まれ
あなたは公園の片隅にやってくる。
(異様な陰翳として輝いているのに
 気づいているのは私だけだ)
まだ冬物をはおり帽子の下にちぢれ髪を垂らし
日陰でふうとキャリーバッグに腰をおろす。
光の黒さが増し 鳥が騒ぎ 木々がざわめく。
ふいに砂袋のような不穏な重みをむきだしに
前にのめりかけ、目を伏せた。
(黒い光が燃えだしたのに誰も気づかない)
遠目にはいとおしそうに
何かを抱え込んでいるようだ。
赤ん坊を愛撫するかのようだ。
しかしそれは誰も知らない鋭い痛みである。
(イキモノの救難の波動が緑にひりひり伝わる)
耐えることだけが残されている。
つよい痛みから黒い光は生まれつづける。
(声を掛ければ、秘密を悟られまいと
 下を向きただ首を振るはずだ)

あなたはみずからの黒い光にちりちり焼かれていく。
胸を抑える指に不似合な指輪が光る。
ことごとく赤茶けた土が食い込んでいる爪。
罪をいかに隠してもそれが証である。
夜ごと薄い夢の地面にわれしらず穴を掘るのだ。
(冷たいその土の感触を私も知っている)
埋められているモノを恐れながら
夢の中で求愛のごとく掘らずにいられない。
やがて見えてくる底には
ソファや薄型テレビやハイヒールや手作りパンの
原形をとどめかねた化石が
死ねない苦しみに永遠に喘いでいるだろう。
狂ったミミズとなって這い回るのは
あの一瞬夫が投げつけた暴言。
怒ったあなたが振り下ろした花瓶は
朝の玄関に飾られていた無傷の姿のまま。
そして美しい白磁にふさわしい
庭から切ってきたばかりの紫陽花の青い沈黙・・・

やがて動かなくなった大きな体から
黒い光が激しくほとばしり出る。
最後にあなたに顕れた
愛と痛みの核融合、生そのもののエネルギー 
声を奪われ立ちつくす私は まるで感動のように
自分の胸に閃く小さな点滅を抱きしめている。