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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

徐京植『在日朝鮮人ってどんなひと?』(二)

徐さんは1951年生まれ。
お父さんが幼い頃お祖父さんに連れられて日本にやってきたので、
「3世に近い在日朝鮮人2世」だそうです。
京都の日本の小学校に通名(日本式の名)で通っていたそうです。
朝鮮人であることを隠していましたがあるとき、
「チョーセン」というはやし言葉がなぜか自分に向けられ、
深く傷つきました。
学校から帰ってきた息子の様子から
何もいわなくてもそれを察したお母さんは
徐さんをぎゅっと抱き締めて
「朝鮮、ちょっとも悪くない、朝鮮、ちょっとも悪くないのやで」
と耳元でささやいてくれたそうです。

お母さんは、朝鮮人としての誇りや民族意識が高かったから
そう言ったのではないようだ、と徐さんは言います。
「簡単に言うと、教育を受けていなかったからではないでしょうか。教育を受ける機会がなかったから、国民は天皇や国家のために身をささげるのが当然であるといった当時の愛国主義軍国主義の考え方を注ぎ込まれなかったのです。」
つまり、自分と国とを一致させて考えない人だった。
だから何が正しいのかは自分で判断した。
「もともと人間がもっている庶民の知恵、人間の知恵を損ねることなく最後まで保つことができた」から、
そこからの確信を持って「朝鮮ちっとも悪くない」と息子を抱き締めることが出来たのです。
だからそのように囁かれ抱き締められたことで、
息子の魂には生涯続く大きな安心感と精神的支柱が残されることになりました。
その結果差別によって強いられる内的葛藤とつねに向き合うことが出来、さらに
「母親が教えてくれたように『朝鮮、ちょっとも悪くない』と胸を張ること、卑屈にさせられている子どもや若者の側に立つことが生涯のテーマに」なったのです。

「朝鮮、ちょっとも悪くない」とお母さんに抱き締められたことが
一生続く息子の魂のあり方を決めたというこのエピソードは
本当に感動的です。

あるとき、今大学教師である徐さんの授業を受けた学生が次のような感想文を書きました。
高校時代に朝鮮人と思われるクラスメートが、
他の日本人の生徒と一緒になって朝鮮人を笑いものにしていた。
なぜ堂々と「わたしは朝鮮人です」といえないのか。
在日朝鮮人アイデンティティが欠如しているように思う──。

これに対する徐さんの次の批判に私も深く頷きました。
「在日朝鮮人アイデンティティをもったほうがいいと私は思っていますが、それはこの学生が思い込んでいるような『自国や自民族を誇る感情』のことではありません。それは空疎で危険な感情です。自分がなぜここにいるのか、自分が感じている劣等感や生きにくさは何に由来するのかを考え、自分は胸を張って生きていいのだと思える、そういうアイデンティティです。自分たちは弱かったり、少数であるために差別されているけれど、しかし他者から奪ったり、他者を差別したりしてはいない、恥じるべきことは何もない、という意識。つまり『朝鮮ちっとも悪くない』という意識のことです。」

マジョリティがマイノリティの葛藤を感じ取ることは難しい。
しかしマイノリティの葛藤の克服過程は
一人の人間の普遍的な内面の成長過程そのものです。
マジョリティも一人一人は結局は孤独でよるべないマイノリティでしかありません。
繊細に聞きとりえた在日朝鮮人の心の声は、
自分自身の声でもあるはずです。