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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

「ハッキョへの坂」(詩)

12月に京都の朝鮮中高級学校を見学に訪れた時のことを思い出して、詩を書きました。坂とは、銀閣寺から高台にある学校へと向かう通学路の坂道のことです。
そのときのぼった身体感覚が今もからだのどこかに残っています。
そもそも坂という存在は人間にとって、特別なものに私には思えるのです。
人は、坂をのぼるときのみずからの息切れや重い身体感から、そこをのぼったすべての人々を感じ取ることができるのではないか、と。
坂をふみしみていく足裏からは
そこを歩いた人間たちののこした思いが下方から滲んでくる気がする。
『新鹿』の「牛馬童子」でも私は坂をそのようなものとして
身の内から描いた覚えがあります。

ハッキョへの坂
                              河津聖恵

春の光に梢が煌めく
うれしそうに鳥たちがやってくる
鳥たちを呼ぶのは
輝く木のよろこび
光の 輝くことそのものにあるよろこび
長い冬にたえてすべてが輝きだした

この朝も
あなたはハッキョへの坂をあゆんでいく
雨あがりなのか
靴はちょっと汚れたか
靴はまだ履いて間もないだろうか
桜舞う頃か
きれいにといた髪に
なつくようにまつわる花びらを
後ろから見つけたトンムは
オンニのように笑って肩を叩き
つまんで見せてくれるだろうか
一緒に見つめる花びらは
切ないほど美しいか
二人三人で腕を組み 肩を抱いて駆ければ
水色の空はふうわりと揺れ
みえないウリマルの花びらが
他人のものでもあり自分のものでもあるこの国に
ふりしきるだろうか
あなたが目を閉じれば
あなたの大好きな日本は
一面雪原のように白く
愛するウリナラへと変わっていくか
あなたが夢見るその風景を
私も見知っている気がするのはなぜか
私の中の母の そのまた母の中の母の
はるかな遺伝子が
今もそこへはらはらと流れているのか

一つの詩が終わるように
静かに坂が終わる
あなたはふと黙り 透き通り
あなたを生み出した無数のオモニたちに
よく似た横顔をひきしめる
花ふぶきの中から現れた
アボジを思わせる大きなコンクリートの体躯の
ハッキョの窓があなたをまなざすとき
グラウンドを駆け去った
無数のオッパがのこした風が
あなたに素敵な腕をのばすだろうか
風は柔らかな頬と髪を撫で
すべてのひとびとが花ふぶきのように笑いあう
未来へと包んでいくだろうか
少し遅れたあなたが
窓から見下ろすソンセンニムと目が合い
七色の微笑をこぼしやまぬとき

麓からたちのぼるざわめき
静かな高台のハッキョで
歌のようなウリマルを話すあなたを知らないまま
黄砂でかすんだ地上のグラウンドで
もうひとりのあなたは
携帯電話を片手に佇んでいた
風に肩を叩かれて
ふと透明な日本語を喋り止めふりむけば
ひらひら舞い降りながら
こぼせない涙のようになかぞらをたゆたう不思議ないちまいの花びら
もうひとりのあなたは
思わずてのひらを差し出し
花びらを受け止めまだ見ぬあなたに出会おうと
爪先立ちになる

*ハッキョ(学校)、トンム(仲間)、オンニ(姉)、ウリマル(私たちの言葉、朝鮮語のこと)、ウリナラ(私たちの国、朝鮮のこと)、オモニ(母)、アボジ(父)、オッパ(兄)、ソンセンニム(先生)