#title a:before { content: url("http://www.hatena.ne.jp/users/{shikukan}/profile.gif"); }

河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

「私たちは眼に見えない世界の蜜蜂です」(リルケ)

ヤドリギ金子さんがj前の記事のコメントでリルケの「委託」について触れてくれました。
そうか、リルケがいたんですね。
ちょっと光がみえてきたようです。

ライナー・マリア・リルケは20世紀前半のドイツを代表する抒情詩人。
その晩年に獲得した境地「世界内面空間」(永劫の流れが外部と内面、生と死をつらぬく空間)では、
事物たちは私たちに委託をする、と考えました。

事物は私たちの内面で、眼にみえないものとなって救われたがっているのだとリルケはいいます。そのような事物の救済が出来るのは人間だけだと。
永遠の存在である天使は、永遠の存在であるがゆえに出来ないのです。
はかない存在である私たち人間だけが
同じくはかない事物たちを
この分断された眼に見える世界から
すべてのものが行き交う内面空間へと救い出すことができるのです。

美しい文章を紹介します。
「それ(注:事物や自然)が私たちと同じようなかりそめの存在であればこそ、私たちはこれらの現象や事物をあくまでも真心をこめて理解し、これを変形しなければなりません。変形、そうです、なぜなら、これらのかりそめのもの、はかない地上の事物を、堪え忍びながら、熱意を以て私たちのうちに深く刻み、その本質を私たちの内部に「眼に見えず」再び立ちあがらせることこそ、私たちの使命なのですから。私たちはこういう眼に見えない世界の蜜蜂です。私たちは眼に見えるものの蜜を、眼に見えない世界にある大きな黄金の蜜房に貯えようとして、夢中で漁っているのです。」(1925年の手紙)

眼に見えるものの蜜。
事物や場面がどんなに心を引き裂くものであっても
それらはみな私たちに委託をしている。
あなたの中で救ってほしい、と
せいいっぱいの蜜をさしだしているのです。
だから私たちはその輝きを受け止める使命があるのです。
たとえ眼のまえにあるのが瓦礫であっても、恐らくそうなのでしょう。
そして私たちが破壊の前にはかなく無力であっても、使命は変わることはないのでしょう。
いや、弱くはかない存在だからからこそ
私たちは「眼に見えない世界の蜜蜂」となってうちふるえながら
悲劇をも永遠の存在へ転身させることが、きっと、きっとできるはずなのです。