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詩空間

河津聖恵のブログ。この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

一色真理『エス』

昨日、オウム真理教元幹部の遠藤被告の死刑が確定し、Isshiki
教団を巡る一連の刑事裁判が
16年余を経て全公判を終えたというニュースが伝わってきました。
あと少しで13名全員の死刑が確定し、その後は死刑執行への検討に入るそうです。
しかし早くも新聞上で「松本死刑囚からか?」という見出しも躍っているのには
本当にぞっとします。
死刑制度自体だって
まともな社会ならきちんと議論を重ねて廃止の方向に持っていく努力をすべきだし、
そもそもこの事件はただの凶悪事件ではないのです。社会的歴史的な象徴性を持つ事件です。
「死刑制度廃止の全社会的な議論を行い、その間は執行を停止することを求める」
日弁連がコメントするのも当然です。
結局ただの凶悪事件で終わり、後は死刑執行で解決ということがまかりとおれば
まずは被害者が浮かばれませんし、
そもそもあの時あれほどマスコミが騒ぎ
誰しもがこの事件の深い社会的・歴史的意味を直感したのですから。
もしあらためて様々な次元で議論を生まなければ
16年経っても
この社会には何の洞察・解決能力もなかったことになってしまいます。

しかし若者たちはなぜ、オウム真理教に走ったでしょうか。
(若者たち、といいつつ、私はかれらとほぼ同世代ですが)
テレビで久しぶり麻原の声や態度を見聞して私は
若者たちにとって彼の「独裁」的な振る舞いは
「絶対的な父性」だったのではないか
とふと直感しました。
かれらは、自分の家族にはない「父性」や「兄性」を麻原にもとめたのではないでしょうか。

1980年、「オウム真理教」の前身が生まれる少し前、
金属バット殺人事件があったのを思い出します。
予備校生が自分を叱責した両親を金属バットで殺したあの凄惨な事件です。
当時、私は他人事ではない気がしました。
私も関係性の問題を抱えていた閉塞した家族という密室が
ついに内部から破壊されたという衝撃でした。

こんな風にも考えられないでしょうか。
戦後、天皇を頂点とした日本国家の絶対的父性が失われました。
その喪失に向き合うことなく、あるいはその喪失の代償のように
日本は経済成長を追い求めつづけた。
けれどその結果、
父性に対する希求と憎悪は
家庭という密室に火だねとして取り残されてしまったのではないか。
そのような家庭に育った青年たちは
自分たちに上から命令するかと思えばほめたたえもする
教祖麻原に「絶対的父性」を飢えたように感じたのではないでしょうか。
凶行に走ってしまったのではないでしょうか──

一色真理さんの詩集『エス』(土曜美術出版販売)。
初夏にいただいておきながら、ずっとどう読んだらいいか分からなかったのですが
オウムの判決に接して
詩の核を残しながらも、ふいにすべて切実に読み解けていきました。

エスとはフロイトのいうイド、つまりほぼ「無意識」に近いもの。
そこには個人の意識に抑圧された、もう一つの世界が今もうごめいているのです。
詩集では「父はぼくが殺した」という帯の赤い文字が目を突き刺します。
そう、まさにこの詩集のテーマは不穏なエスの世界における
憎悪と悲しみによる「父殺し」です。
詩として象徴化されてはいるけれど
すべては一色さんの黒い過去に裏打ちされた真っ赤な言葉たちなのです。
ここにはエスの世界で恐怖のために事物に変容したままの「ぼく」の
きこえない叫びが
乱れのない散文体に靜かな血を滲ませています。

父の手がぼくの頬を打つ。「おまえなんか、目も鼻もないくせに!」
そのとたん、家の裏に大きな星が落ちた。音もなく爆発して、山崎
川の土手で黒い桜が満開になる。

ぼくの口からとうとう唾があふれだした。地面にこほれ落ちると、
みんな六本の足が生えてくる。罰だ。何百何千の飢えた小さな文字
たちは、甘いものに恋い焦がれて苦しんでいる。

ぼくの砂糖壷にみるみる蟻がたかってしまう。真っ黒になってま
た夜がくる。
                                                                        (「幼年」)

ぼくは鍵穴だらけの小さな家を建てた。新しい犬を飼って、も
う一度ハニーと名づけた。でも、その家はぼくの顔に似ていない。
その家はぼくのいちばん嫌いな顔に少しずつ似てくる。額には青筋
が立ち、眼は血走って落ち着きがない。三〇年前、ぼくが殺してば
らばらに森に捨てた、父の死に顔そっくりになってくる。
                                                                                 (「森の家」)

男は血で「何か」を書いてはお金に換えているらしい。あの男がぼ
くの父だ。その男は「死」を売って食べていくしか能がない。「死臭」
を売りつけては歯のない口をあけて哄笑している。一匹の餓鬼だ。

いや、正直に言おう。その男こそ、母の血を吸っていきのびたぼくだ。
父はぼくが殺した。
                                           (「イド(id)」)