#title a:before { content: url("http://www.hatena.ne.jp/users/{shikukan}/profile.gif"); }

河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

10月2日、光の土地日光をめぐりました

10月1日の朗読会・講演会で、私は初めて「自覚的に」日光という土地を訪れました。

東京で生まれ育った私は、三歳の時に家族旅行で訪れています。高校一年の時の親睦旅行も日光でした。しかし日光という土地がどのような場所であったのか、明確な記憶はありません。まだ子供でしたから、土地というものに対する関心がなかったということもあるし、東京では「日光」があまりにも普通名詞化しているし、あらためて関心を持つための距離感もなかったということがあるでしょう。

今回、日光という土地を、日光それ自体として、初めて「自覚的に」めぐることができました。

終始、「ヴァナキュラーな(その土地固有の)」日光、他のどこにもない日の光を、感じていた気がします。

なんといったらいいか、鉱物的でもあり、透明な水のようでもあり、翳りそのものが輝いているようでもあり・・・不思議な光に護られて、山も川も木々も人もとても繊細に思えました。

今回、東京よりも東へ新幹線で向かうというのは、まったく久しぶりで、そのことも感覚が深くなった原因かもしれません。被災地の方向へということもありますが、私の先祖には東北出身者が多く、未知の過去に遡るような感覚もあったのだと思います。

日光の地名には以下のような由来があります。
「日光(にっこう、古くは「にっくゎう」)という地名は、俗説として二荒山と二荒神(宇都宮二荒山神社)の「二荒」(ふたあら)を「にこう」(古くは「にくゎう」)と読んで「日光」を当て字したものと云われる。これは、820年(弘仁11年)に現在の日光を訪れた空海が初めて「日光」の字をあてたと言われるものであるが、記録上で「日光」が見られるのは鎌倉時代頃以降で、記紀六国史はすべて「二荒神」と記述されている。」(ウィキペディアより)

やはり神がいる場所なんですね。聖なるものが日の光に溶けこんでいたのかもしれません。

会の翌日2日に、富岡洋一郎さんに方々を案内していただきました。日光霧降高原チロリン村、そこでいただいたかき氷の天然氷を作っている氷屋徳次郎さんの氷室、小杉放菴記念日光美術館、霧降高原大笹牧場、鬼怒川温泉。 思い返すと、それぞれの場所に自分の感覚を優しく引き出す何かがあって、自分は癒されていたのだなあとあらためて思います。それぞれのシーンをコメントをつけてご紹介する記事は、後でアップします。