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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

詩「萩」(「現代詩手帖」1月号)と詩「炎―尹東柱のために」(同誌2013年12月号)

現代詩手帖」1月号に

詩作品「萩」 が掲載されています。

この作品は

「沙羅双樹」 

「月見草」

に続く連作「花」の一つとして書いたものです。

この作品の背景には

昨年十月下旬に京都市左京区にある

「萩の寺」として知られる迎稱寺を訪ねた時の体験があります。

ここは

立原道造が1936年10月下旬に京都を訪れた時に滞在した友人の下宿先があった場所です。

その同じ季節に詩人とその日々の面影をもとめて訪ねてみました。

とても美しい秋の日でした。

033

萩は少しさかりは過ぎていましたが

まだ多くの花が咲いていました。

境内に入っていくとたまたまお寺の縁側に座っていらした

ご住職さんに出会いました。

立原道造のことをたずねると

立原を泊めていた詩友の田中一三さんのことならばよく人から聞いている、

といわれました。

さらに驚いたことに(すでに存在していないという情報もあったので)

その下宿先だったアパートがまだあるということで

案内していただきました。

立原は田中一三さんの下宿先を「墓どなり」と呼んだりもしていますが、

その通りお墓が建ち並ぶ中を少し歩いて行くと

本当に、アパートがありました。

そして詩人のいた部屋の窓が見えました。

その窓から眺めて描いた灯籠の絵は知られていますが、

今は灯籠はそこになく

しかしたしかに窓は灯籠を描いた位置にあると思いました。

80年近くの時を隔てて

詩人のまなざしが秋の澄んだ空気の底にいまだ揺れているのを

見た気がしました。

《にほひこぼれる》

空がとどめられない朝の月光に

眼はあふれていく

見上げればうすい水色は広がり

午前を淡い忘却がゆたかだ

世界の花芯に詩人はかぐわしくいない

私は私の渇く廃墟を歩かせるしかない

萩の寺へ

遙か昔 詩人が過ごした暗い窓へ

かなうものなら

日がな一日希望と絶望のあわいを降る雨を聴き続けた沈黙のたそがれへ

                                   (第二連)

なお、昨年の同誌12月号には

昨年3月に発表した

「炎―尹東柱のために」が掲載されています。

これも戦前京都で学んでいたさなかに治安維持法で逮捕され

虐殺された詩人の命日のために書いたものです。

書店等で手にとって読んでいただけたらさいわいです。