#title a:before { content: url("http://www.hatena.ne.jp/users/{shikukan}/profile.gif"); }

河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

熊野の夜明け

 七日は民宿で朝五時前に目覚め、そのまま寝付けず、窓の外に少しずつPc240089訪れる夜明けを 眺めました。正確には夜明けという世界の色合いの変化を、あるいは闇の深みから空の青がよみがえってくる過程を、私は見つめていました。
 雨がぱらつく夜明けは、海と空がほぼ同じ明度と色彩のまま闇をゆるめていきました。ほどけるようなその曖昧な光が、呼びはじめた鳥たちが、山の方から、つつましい屋根たちを越えて海へうみへと滑空していきました。数ある中のどれか一羽を追えば、くるりと廻ったり、ためらったり、ふと止まったり、群を離れまいとしたり、それぞれの小さな意志と知恵があることが分かります。一羽を追いつづければ、その飛翔につれて、空の色も移Pc240093 っているはずです。はっきり分からないその変化は、硝子越しに、透明な波動のように肌身に伝わってきます。
 けれどシャッターを押してもおしても鳥は写っていません。するりと逃げてしまったように。あるいは鳥たちは本当に実在したのでしょうか。もしかしたらこの青全体が大いなる幻の鏡ではなかったでしょうか。
 私は一、二時間、何ものぞまず、願わず、待たず、窓の内側で、空の変化を受け入れるだけのマイナスになっていました。目の前のものだけを見つめることができました。熊野を発つ朝に、夜明けを見つめた時間は、まさにひそかな贈り物ともいえる幸福感を私にもたらしました。
 Image1241
(写真下は熊野市駅前の小さな書店で見つけた『新鹿』。熊野灘の色の美しさについて教えてくれたご主人の笑顔が忘れられません。)