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詩空間

河津聖恵のブログ。この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

7月29日中嶌哲演さん講演「大飯原発再稼働と日本のゆくえ」

一昨日、京都市左京区にある日本ルーテル修学院教会で、Imgp0335_1
福井県小浜市にある明通寺の住職、中嶌哲演さんによる講演
大飯原発再稼働と日本のゆくえ」がありました。
私も呼びかけ人の一人である「修学院九条の会」の主催です。

中嶌さんは、7月16日の代々木公園での集会でも登壇し発言されました。
中継で見ながら私もその話とりんとした姿に感動を受けた一人です。
その中嶌さんの講演とあって、
集まった聴衆は83名、
修学院九条の会発足してから二番目の盛況ぶりとなり
クーラーの効いている礼拝堂は話に聴き入る人の熱気で暑い位でした。

原発問題で科学者や政治家が話すのは聞いたことがありましたが
宗教者の話は初めてでした。
宗教者でもあり運動家でもある中嶌さんの言葉は
一つ一つが自分の中から真剣に選び取られたもので
静かでありながら確実に魂に届く響きがありました。
語る人の清冽さと礼拝堂という場の空気が
親和していました。

40年間、原発銀座の地若狭で反原発活動を続けてきた中嶌さんの話は
消費地元である京都市にまで決して届けられることはなかった
あるいは京都市民であるわれわれが耳を澄まそうとしてこなかった
立地地元の壮絶な戦いを伝えるものでした。

中嶌さんの住む小浜市で漁民を中心とした住民たちが小浜原発を阻止した苦闘も
初めて知りました。
これまで小浜に原発がないから小浜は平穏無事かと思っていたのです。
そうではなく、反対派が命を狙われたり、人事報復されたり、営業妨害されたりするということまでされる中で
住民が結束して原発を阻止してきたのでした。

なぜ若狭という狭い地域にもんじゅまで含めた15基もの原発が建てられることとなったのか。
そこにはもちろん原発立地地元の貧しさがあります。
福井でいえば嶺南と嶺北にある南北間格差。
ひいては福井と京都や大阪という消費地元との格差。
それはまさに「国内植民地の問題」であると中嶌さんはいいます。
その方法は武力からお金にはなっても
かつてのアジアでの植民地支配同様に
各自治体に推進派の「傀儡政権」を作り出し
国策としての原子力システムをおしすすめるというのは同じです。

そう、60年代以降の原発推進とかつての戦争推進は全く同じやり口なのです。
中嶌さんの指摘は大変的確でした。
原発運動の弾圧→反戦運動の弾圧
原発推進の「必要神話」「安全神話」→戦争推進の宣伝、大本営発表
電力消費圏と現地=国内植民地→ 植民地支配と侵略戦争
48万人の被曝労働者→65万人の原爆被爆者
36万人もの災害弱者→空襲からの「学童集団疎開
脱亜入米・科学技術立国・経済発展→脱亜入欧・文明開化・富国強兵
・・・
そう語った後での
宗教者である中嶌さんの次の指摘は説得力がありました。
今人々が分断され自分のエゴイズムに閉じ込められている状況は
一網打尽されればもはやファシズムに容易に至るということ。
そう、エゴイズム→ファシズム
私もずっとその危険を感じていました。
これほど原発事故の深刻さをみな認知しているはずなのに、
政治も日常生活もマスコミもそれをまるでなきがごとく黙殺する
という今の異常な事態の中心には
戦後人が追い込まれ、あるいは人がみずからを進んで追い込んできた
壮絶なエゴイズムがきわまっているのだ、と。

原発の立地地元の歴史を知ることは
まさに日本の歴史の影の部分を知ることです。
これは朝鮮半島の歴史を知ることと凄く似ています。
そして国家が原発にこれほど執着する根底にあるのは
やはり核ミサイル保持への意志だ、と中嶌さんはいいます。
50年代に宇宙開発事業団と動燃が発足しますが、
それは歴史の光の側面としてみれば、夢のロケットと原発です。
しかしもう一方の影の側面としては、ミサイルと核。
やがてもんじゅが生み出す軽量級プルトニウムによって
軽量核ミサイルまですぐに実現できるという段階にまで至っています。
この部分は九条の会での話ということもあって
中嶌さんが特に強調してくれたものですが、
しかし私も3.11以後ずっとそのような心配を抱いていました。
大阪市君が代起立条例などの思想統制
自民党から出された戦争を前提とした改憲案、
原子力基本法宇宙機構法の秘密裏の改悪、
あからさまな軍事国家への意志の証拠は枚挙にいとまがありません。
きわまった人のエゴイズムは国家のエゴイズムという怪物へ
変貌を遂げつつあるのです。

しかし何もかも遅いのかといえば絶対そうではないはずです。
中嶌さんも自分の地元に原発が来るまでは
原発に関心を持つことはなかったそうです。
原発の危険に気づくまでは無関心であってもいい。しかし気づいてからは本気で向き合ってほしい」。
40年の経験から語られるそのひとことはとても重く響きました。
重いけれど、とても重い希望に思えました。

お話の全貌は書ききれませんが
二時間以上もの講演でも全く長いとは思いませんでした。
今一番関心のある原発について、その問題を現場で考え尽くしてきた中嶌さんのお話は
もっともっと聞いていたかったと思いました。

講演会の後は、京都駅前の関電包囲デモに参加しました。美しく輝く京都タワーに見守られ

て、380名もが、紅色の夕空に届かんばかりに「再稼働反対!」の声を上げました。おおぜいの観光客たちが立ち止まって見ているのに、心強さを覚えました。

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