この写真を見る 冬が去り春になろうとする頃、私の心の中で存在が色濃くなる一人の詩人がいます。
尹東柱(ユン・ドンジュ)(1917〜1945)。戦時下の日本へ留学し、私の暮らす京都の同志社大学に学んだ人。一九四五年二月、二十七才の若さで福岡刑務所で獄死しました。第一次大戦中に満州の朝鮮人の村に生まれ、キリスト教と民族主義に影響を受け、文学を学ぶために留学した日本で、要監視者である従兄弟と一緒にいたために逮捕されて生体実験の犠牲になったといわれます。植民地支配、日本語常用、創氏改名、治安維持法といった負の歴史の犠牲者でしょう。多くの人が「序詩」一篇からだけでも心を深く揺さぶられてきた詩人だと思います。時代の闇の中で、なぜあれほど清冽な詩を書きえたのだろうか・・。私は、この詩人に接してからずっと、どこかであてどなくそんな自問をしています。
2006年の秋、『空と風と星と詩』(金時鐘訳・もず工房)を初めて読み、目をみはりました。金氏のぴんとはりつめた美しい日本語を弦に、詩人の魂の清冽さが、時空と言語を超えて私の中で鳴り響きました。やがてその端正で抒情的な詩風だけでなく、生涯からも私は「縁」を感じ始めました。私が大学で卒論に選んだリルケを愛したこと、京都での下宿が私の家のすぐそばにあったこと、通学路や従兄弟の下宿や拘留先の警察署も、私の生活圏内であること。そうした「縁」が水や光となり、彼の存在と詩世界はいきづきだし、詩的に言えば、私の内部に美しい花をひらかせたと言っていいかもしれません。
序詩
死ぬ日まで天を仰ぎ
一点の恥じ入ることもないことを
葉あいにおきる風にすら
私は思いわずらった。
星を歌う心で
すべての絶え入るものをいとおしまねば
そして私に与えられた道を
歩いていかねば。
今夜も星が 風にかすれて泣いている。
(1941・11・20)
この詩は私の中に深く、金色の血を滲ませる、何かがあります。東柱の詩と生は、私の魂を傷つけるように磨きます。
しばらく東柱の話をしたいと思います。