仏文学者・詩人の粟津則雄氏が、第二次大戦末期京都にいた頃の思い出を、詩誌「雛罌粟(コクリコ)」5号に書いている。当時中学生の氏は、隣家の書斎で生涯の研究対象ランボーと出会う。軍需工場に勤労動員され疲れ果てる日々、氏を支えたのは「いつの間にかそらんじていた」ランボーの詩だった。夜勤明けの帰路、「まるで私自身の内心の呟きのように」いつしか呟いていたという。興味深い逸話だ。優れた詩は読者の内奥に潜み、生の危機の中でおのずと力を増していくのだ。
藤井雅人『花の瞳』(土曜美術社出版販売)は、花がテーマ。奇しくも今年は花の詩集が相次いで上梓された。その背景には原発事故やテロの不安もあるだろう。「戦乱や大災害などの暗い現実の中でも毎年必ず美しい姿を蘇らせる花は、人々に希望のありかを教え、逆境の中の前進を導いてきた。今の私たちにとってもまた、花が与えてくれる癒しと希望は貴重である。」という作者の花への憧憬と渇望は、詩への思いと重なり合うだろう。花の美しさは、人間世界の闇とつねに向き合っている。
「青い花は 向こう岸に佇む/闇の裏から象嵌される 仄かな煌き/もとめる手と 触れあわんばかりの/ちかさに泛んで//しかし水流にへだてられ/手は花にとどかない/水面の不確かな影をながめるうち/しだいに隆起してくる/水龍の背骨の/蛇なりの矛の/曲射砲の/キノコ雲の/黒い輪郭たち//どれだけの夢魔を/過ぎ去らせねばならぬのか/青い花よ 向こう岸で/おまえに逢うまで」(「青い花―ノヴァーリスに捧ぐ―」)
岡本啓『絶景ノート』(思潮社)の詩は「二〇一五年から二〇一七年に発表した詩を書きあらため」たもの。京都に暮らす作者は、季節毎に鈍行列車で日本列島を辿り、モロッコや東南アジアも旅した。そのさなか言葉の粒子が煌めき詩となった。立原道造の「長崎ノート」(死の直前の旅の記録)をどこか連想させるが、この詩集に生死の重さはなく、作者はむしろ無力に身を委ね、刻々生まれる風景や人との関わりの、柔らかさと傷つきやすさを綴っていく。
「たかあく砂煙が巻きあがる/立ち眩み/これ以上、流転には耐えきれない//たしかに荷台から/痩せた男がはるか後方を見つめていた/ぼくにください//どうか その眼を/今日一日を清める一カケラの怒りを/一瞬のうちに雨をたぐる/うぶな呼吸を//これ以上/つぎの一言を発することはできない/ざらつく季節に//つぎの一字をしめらせる/熱い唾液を」(「巡礼季節」)
金田久璋『鬼神村流伝』(思潮社)の作者は若狭の生まれ。谷川健一氏に学んだ民俗学の知識を駆使し、詩を模索する。北陸地方には、納棺の際に死者を縛る「極楽縄」があるという。
「人知れず 地中で/魔除けの結縄が ほどよく土になるころには/恨みもそこそこに/鎮まるものとみえ/一輪草のマント群落が風に靡く」(「極楽縄」)
金堀則夫『ひの土』(澪標)の作者も民俗学的視座から書く。故郷の地名と自身の姓との関連にも触発されながら。「ひ」の生命力をうたった詩が面白い。
「わたしの心臓のかたちは/〈ひ〉というひらがな/血の気の多い/〈ひ〉がからだのすみずみまでおくっている/卑わいな血の騒ぎがドキドキする」(「ひを被る」)
薬師川虹一『石佛と遊ぶ』(ギャラリーb京都)は詩と写真のコラボ集。作者は石仏達に会いに出かけ、祈るようにシャッターを切った。繊細な表情の石仏達が語り出すような詩群だ。