共に立つ夜
ー伊藤若冲「伏見人形図」
河津聖恵
火の日 四条河原町交差点のマルイ前に
集う人々の背後に人形たちが現れる
都の大火は歴史の彼方へ鎮められたが
人形たちはまちの辻々に散らばった
埋み火を拾っては食らい
二百年を超える命を繋いで来たらしい
火の日 つむじ風が夜の始まりを告げると
胸に火をかき立てられて人間たちは集まる
七体も忽然と現れ影のように共に立つ
だが火の声を放つ者たちは気づいていない
(まして鬼いばらのまなざしを
幻想またたく宙に彷徨わせる通行人は)
人間は色鮮やかなプラカードを掲げ
人形は古色の軍配を楽器のように抱く
今を生きる人間は怒りと悲しみをあらわに訴え
見えない人形は目をほそめ布袋様の微笑で挑む
よりよい世を願う流儀はことなれど
かれらは一瞬入れ替わりもするほど同じだ
人形さえもそれに気づかず
煌々と明るい今に向かい漆黒の義の声を放つ
人間はふと首を傾げ目をこすりつつ
子供を守れ! 真っ暗な都に声々の火を投じる
昔という今、奉行の暴政に立ち向かい幕府に直訴し住民を救った代償に投獄され、相次いで非業の死を遂げた伏見義民七名。絵師はかれらを深く哀悼し穏やかに微笑む伏見人形として幾度も描いた。今という昔、透明な絵師は錦小路からふたたびやって来て、透明な絵筆で人間と人形が共に立つ姿を描き始める。歴史において立つ者は一人ではないと、巧くない字で款記(かんき)し、完成した絵をふうわりと放つ。つむじ風が起きる。思わず狐面を外し足元に落ちたビラを拾う誰かの心に、不可視の絵は密かに贈られていく。
*若冲をめぐる連作「綵歌」
**行替えなどは紙面の通りではありません。