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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

百年の父(一)(詩)

今朝の新聞報道に言葉を失いました。一体何が起こったのでしょう。しばらく詩によって、私なりに「品格」を持って、抗議ならぬ抗議をしたいと思います。今人の心がかくも無理解であるのが、とても悲しいです。

百年の父(一)

                                            河津聖恵

海を越える、という
いつからか越えるという言葉を知った
青く赤くもないどんよりした海は
今何色へとみずからを越えていくのか
父が耳元で囁く
渡る、ではなく、越えていけ
この時代の闇を越えていくのだ
闇に苦しむおまえを越えよ──
父は声なき父祖たちの声でささやく
私のしおからい髪にまつわるリボン
をまねた紙片を
ひとつひとつ外しながら
これはきっとさいごの愛撫
とおい未来 ふたたびこの体温と鼓動に
私は眠りの中でめぐりあうだろう
父は今父祖であり
私を祖国のように
永遠に護る戦士である
はてしなくさびしい
はてしなくいとおしい
ねじれた紙をひらけばこの伝言も その伝言も
もう真っ白な沈黙をして
不思議な口笛を聴いている
戦士たちの往復葉書となって
山を駆け抜けた日々が
今度は私の記憶に深くむすばれていくのだ
お父さん 
ほどかれたこの長い髪で
私は何をだれに伝えたらいい?
越えたむこうで何が待っているの?
父と私の沈黙が熱くかさなる
髪にこの島のしおからさが
染みこんでいく
つねにこれがさいごだと
励ますように透明な銅鑼を鳴らして
赤錆びた密航船が
新しい父のように私を待っている

海を越える
鯨のようなひとの魂が銛でさされるという彼方へ
今幾万ものまなざしで真っ青に色づく海を越える

*三月五日朝日新聞朝刊「百年の明日・ニッポンとコリア(下)」の記事より、済州島から逃れてきた高蘭姫さんの話に触発されて。