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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

北島理恵子『三崎口行き』(ジャクション・ハーベスト)

北島理恵子さんの『三崎口行き』(ジャクション・ハーベスト)はImage1463
とても素敵な詩集です。

最初に序文の代わりに短い詩が置かれています。

遠景

わたしたちは
生まれる前の、海の水面のきらめきの話をする
幼い頃布団の中で見た、怖い夢の話をする
いまここにある
かなしみは話さない

「いまここにある/かなしみは話さない」
それは人の生における不文律の礼節とでもいうべきものです。
いまここにあると互いに分かっているからこそ話さない。
それは、怯懦というよりお互いに対する優しさであり
それこそが
ひととひととの関係をゆたかにしているものであることを
この詩人はよく知っています。
この人の詩は
「かなしみは話さない」という関係のあり方を撫ぜるように描きだします。
事物や光や風や音を
ことばに溶かすようにして柔らかく象徴化することで
自分と他者とのかなしい距離を
詩でしか描けない角度からとらえようとします。

ひととひととの間にじつは今も昔も存在する
ゆたかな「関係」の空気。
それをこの詩人は
ことばとことばを、まるでひとのようにゆたかにつなぎ、関係させることで
ことば自身におのずと語らせていくのです。

ことばとひととの共生感覚をもたらす、ゆたかでひらかれた詩、
ことばとひとの恋愛のような、ときめきをもたらす詩がここにあります。

Fade Out

うす暗い図書館のいすに座っている

左肩のあたりがあたたかい

机の上の白い紙に
見覚えのある
いくつかの地名が一列に書いてあって
あいだとあいだを
細い矢印がつないでいる

わたしのと
わたしのよりもすこし太い
人さし指が
いっしょにそれをなぞっていた

ゆっくりと しかし同じ速さで

〈よく憶えている、この場所〉

指した先には
かわらず
あかるい やわらかな光が
当たっている

ずいぶんと前に
わたしたちを照らした
同じ その光に
もう一度だけ守られて
ひととき
〈永遠のように〉
そこにいた

〈確かに わたしたちが生きていた場所だった〉

あと数分だけの 肩と肩

矢印が
薄くなって
そのあとを追うように
二本の指は一本になっていった

しずかに
白い紙ごと
Fade Outしていく

小さな声で 少しずつ
言い聞かせてくれる

そんな
やすらかな
おわり