#title a:before { content: url("http://www.hatena.ne.jp/users/{shikukan}/profile.gif"); }

河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

詩「そのいつか星の名を呼ばれる(仮題)」

そのいつか星の名を呼ばれる(仮題)
                                         河津聖恵

まるでサイコロみたいだ
闇から闇に転がされていく
誰のものでもないとみなが首ふる赤鉛筆、
まるでそれ自身が犯人となって遁走する
みえない手から手へと渡されていく赤鉛筆、
闇をひそかに司る一本の魔術師とみなはいうが
舌先に朱の燐光をちらつかせ
歴史の街角をまたくるりと犯人めいて曲がっていくが

追いつづけよう、
追いつづけたい、
追いつづけなくてはな、ら、ぬ、

ささやかに生まれたこの私の魂の光芒を
真実にむかってどこまでのばせるか
真実はより未来に深まる闇そのものである
逃げていく鉛筆の腹には
百年前汗まみれに握った犯人の指紋がかすかに光り
追いかける私たちをわれしらず導いていく
握りしめた犯人の痛みがはからずもそこにのこされたか
指紋はあんあんと泣いてさえいるか
みずからの黒い光を悲しんでいるか

訂正、加筆、抹消、訂正、加筆、抹消、抹消、

曲がり角のむこうまで
点々とつづく獲物の血の虹光りが追う私を撃つ
事物のような鋭利な抵抗をする「朴」
鳥のようにくるおしい死を遂げた「崔」
ことののちに赤鉛筆はくるくると忘却を踊り
誰しもが死者となり目を閉じていく戸籍簿の燎原に
朱の火を放ち逃げのびていく

好機ヲ逃サヌヤウ!
即刻届出シマセウ!

はるか後方にはいまだ狂った二枚貝が叫び、あるいは
干上がった歴史の浅瀬で
貝殻を割られて露出した貝の脳が苦痛の指令を放ち、
ふいに警戒色となって輝く朱の線
の両側で
眠っていた氏姓の姉妹はふたたびおびえ始める
小さな姓の姉とその右に記された小さな氏の妹は
危険な線に両側から身をよせていく
名前を壊された魂たち、
魂を壊された名前たち、
分断の線に阻まれ線の分断を恐れつつ
生き別れたそこを難民のように離れられないでいる

 愛する人を探してほしい
 赤ちゃんに会わせて下さいな
 名を爪で刻んで投げた血まみれのお父さんの小石を
 百年たったここに返してくれませんか
 伝令の祖母が三つ編みをほどいて風にとばした祖父の名を
 時の鉄条網からどうか外して下さいませんか
 他人の国の踵に踏みにじられたあの人の骨と
 つつじ色に燃やされた私の婚礼衣装を
 宇宙ノ柩デ、ドウカドウカ、マゼテイタダケマセンカ
 私タチハ、塵トナリ新タナ星トナリ
 キットアナタ二出会ウデショウ
 隠レテイタ光ガ久シブリニ動キダシマシタ
 コノ白イ無名ノ胎ノ中カラ、マダ見ヌアナタニ届クハズノ
 百年前ノ光デス
 モシ誰ヨリモ先ニ見ツケタラ
 アナタノ美シイ名前ヲ付ケテ下サイ、付ケナサイ
  
*「好機ヲ逃サヌヤウ!即刻届出シマセウ!」水野直樹『創氏改名』より。