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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

梁石日『めぐりくる春』(金曜日)

従軍慰安婦」の苛酷な運命と真実を描いたフィクションです。Image974
真実を描いたフィクション、とは、言語矛盾のようですが、
そうとしかいいようがありません。

息もつかせぬ迫力ある筆致と
繊細な心理描写。
物として扱われ、
名も痕跡も残さず死んでいった女たちの
(生き残った場合でもみずからの記憶を否定せざるをえなかった彼女たちの)
魂のドラマが
人間を押しつぶすかの苛酷な自然描写と
あいまって展開していきます。

南方のぎらぎらとした熱帯雨林
北方の険しい山々の酷薄。
荒れ狂う男たちの非人間な暴力。

ひりひりするような展開に
読み進める私もまた
ヒロイン淳花と
同一化させられていきました。

前線に赴く兵士たちもまた奴隷。
死の恐怖から逃れるための嗜虐的な麻薬として
慰安婦を求めたのです。
あるいは兵士たちは死へと追いやられた代償として
女性の尊厳を途方もなく破壊する
というさらなる大罪を犯させられた。

私が淳花の立場だったとしたら
こんなにつよく生き抜けたでしょうか。
もちろんフィクションですから
作者は、名もない無数の慰安婦のエピソードをつづりあわせ
彼女たちが歴史に生きた証として
淳花という、いのちの精髄のような存在
を生みだしたのでしょう。

目を覆いたくなる悲劇の描写。
耳をふさぎたくなるような暴言。
読むこちらの心身が固まってしまう暴力。
しかし記録に残されない真実は
フィクション以上に惨いはずです。

「戦争は人間を非人間的にするというが、それは言いわけにすぎない。かりにそうだとしても、それを後世の人間は許すのだろうか。」

この淳花の言葉は
「死のうと生きようと、誰もわたしたちのことを知らない」
すべての慰安婦たちの言葉です。
それは過去の闇からつねに
私たちに投げかけられているはずです。