――花であることでしか/拮抗できない外部というものが/なければならぬ
(石原吉郎「花であること」)
河津聖恵
雨あがりの門扉がひらく
葉々を擦る傘の影に
落下する無数のしずくの無数の影
影の重みを脱け
梢で真白く花は我に返る
すでにもう
花弁のやわらかなしぐさは
かすかに虚空を掻いている
眉をこえる花の白までが
命をかぎる世界の余白だ
もうすぐすべてが終わる
いや
すべてはすでに終わってしまっている
花のうちふるえる輪郭は
ちりちりときこえない鈴の音(ね)で
空の奈落に
この世をかすかにつないでいく
あるいは放ちはじめる
存在の息をつめ
傘をとじるひとの
よこがおの眉は
頭上の花の白さのみえない昂まりに
ふしぎに応じわずかにひきしぼられた
なぜこんなところで
透きとおってしまったか
傘の先からふいに泣いたか
けれど当惑はもう
花の内部だ
黄色い雄蘂が
なつかしそうにいっせいにかたむき
ふりあおぎ傘をたたむよこがおの
しずくのかがやきが
花の見るさいごの花となる
空の白に呼ばれ
白が白をこえたとき
花は真っ白に世界をたちきる
すべては花の外部としてよじれ
巨大な闇をひらいていく
よこがおのまま
永遠の下方へつれさられるひとは
逆さまな鐘の音とともに
大いなる者の涙にもどった花に
あたたかく包まれ
(連作「花」)