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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

東柱の話(三)

詩の背景には実際の出来事があります。
(もちろん、言葉と事実の関連のほとんどは、後付です)

ある暑い梅雨の晴れ間、私は白い帽子をかぶり、鴨川にかかる加茂大橋に佇み北山を眺めていました。鬱屈とした気持の中で暑熱の異常な予感を感じながら。「白い闇」とは、私がそのとき抱えていた悩みを象徴しているつもりです。「この冬 春の幻のようにあなたをふかく知った」は、同年の冬、東柱の詩を書き写すことで、あるつらい経験を耐えたことを私なりに暗示しています。

つづいて、後付ながら言葉と事実を関連させていくと、以下のような「ストーリー」としてつながっていきます。

帽子に顔を隠し、欄干に身をあずけながら、「私」はハッと思いました。

東柱もまた通学の途中でこの山々の緑を見たのだ、右手には拘留された警察署も同じ場所にまだある──。

その実感が汗のように滲みだし、「白い闇」を洗っていきます。
帰郷の直前に逮捕された詩人が、宿命の予感の中で向けていた絶望のまなざしに、自分自身のまなざしが重なっていく。
山の緑と川の銀がかった青がふっと迫る。
詩人は、明るさを装いながらも暗い翳りをしのばせるこの北方の風景に、未来を、つまりまさに今ここにいる私が眺めている風景を見ていたのではないか。
喉がうごいていく。
この風景に対して、何かを言わなくてはならない、言葉を投げかけなくては
──不思議な衝動が残っていった・・・
詩人を非業の死へ冷然と見送りながら、微動だにもせず
(山が動かないのは当たり前ですが)、
清冽な瞳から放たれた絶望のまなざしを呑み込みつくした自然の悪意。
そして、背後を行き交う車が無慈悲に響かせる、詩人の存在を消し去りつづける時間のむきだしの笑い。
「遠近法よ 揺らげ…」と「私」は鋭く命令する。真実の過去よ戻れ。偽りの未来よ退け。「今ここ」よ、揺らげ・・・

あの時からどれだけ「私」は、人間は、世界は、「プロメテウス」になれたでしょうか。昨日鴨川は冬枯れしていましたが。