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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

詩「白浜」(『新鹿』より)

白浜
               ―― 好きなやつ――つまりは魂だ
                                                     

みちているのは
私たちを透過することなく
魂を花のようにやさしく撫でる光
昨日阪和自動車道のトンネルをくぐり
私たちはああと声を上げた 
これよ このひかりみてよ
窓から空を見上げながら一斉に何を想い出したか 
段々畑の蜜柑の枝ぶりを手にとるように感じ
青緑いろの海に車内を深く覗きこまれ 
私たちこそ光に想い出されたのだった
われしらず世界を受粉していた魂を 
今熟したそれぞれのそのかたまりを


魂とは病であるという作家の言葉を波間にときはなつ
魂とは生命の熱病をこいねがう永遠
深い青の色はそうゆれかえしてくる


二〇〇八年九月八日
私たちは画家原勝四郎が見た風景を追う
白浜半島をさらに北へ突き出た小さな半島にある江津良(えづら)浜
この明るい海と磯を戦後画家は
住んでいた町営住宅から歩いてきてはよく描いた
フランスを放浪し地中海に魅せられ
窮乏の果てにアルジェリアまでゆきついた画家の魂に
この海の青はどのようなやすらぎに見えたか 響いたか
さざ波の化石がつづく繊細な磯と 海の青がおりなす風景を
(ホテルの林立する綱不知(つなしらず)よりここは変化が少ない)
私たちは半世紀以上をへだてて見て聴いている
三脚椅子に座り 片目をほそめ風景を指で切り取りながら
画布にむかった魂の陰翳が
花が色に染まるように私たちにしみてくる
重ねる色をえらび 波の太い横線を柔らかに描こうと
筆を下ろしたとき 画家の腕は海の魂と静かにつながった
そのたしかな瞬間を
私たちは記憶の未知の一隅で感じとる
永遠の花粉となったときめきときらめきを


江津良を去ろうとして
栗より少し大きいハマユウの実を見つける
八月に訪れたとき新宮の丹鶴城址
白い彼岸花のように咲きほころんでいた
違う花なのに 一ヶ月もたたないうちにと思う
そのあいだ紀州にきらきらと花粉が降り続いていたとさえ

この小さな軽い実には
海を漂流して遠い海岸に漂着し発芽する生命力がある
くっついている茎のさきからいくつも拾う
手のひらの中で親しい人たちが微笑むように
ひとつひとつ手渡すことを思いつく
「はまゆうプロジェクト」ともう秘かに名づけている


自分自身のもやいを外し
花のように手渡すために
光よふりそそげ
海に
山に
私たちに

注:エピグラフは「原勝四郎のフランス放浪日記」より。