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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

一人無声デモ

本日、「朝鮮学校無償化除外反対」リーフレット執筆者の一人金里博さんとImage517
京都新聞の取材を受けました。
まず私が今回のリーフレットをめぐって訊かれ
それから里博さんが、10日から計4日間、回数としては5回行う「一人無声デモ」について語りました。

一人無声デモ。
文字通りそれは声を一言も発せず、たった一人で行進するデモです。

それを行うというメールを頂いた時
リーフレットの唯一の在日朝鮮人の参加者である里博さんが
そこまで、追い詰められていたことに驚き、胸をつかれました。
身近にいた人の魂の底で
日本人である私が全く思い及ばなかった絶望が渦巻いていたと知り
目の前が暗くなるようでした。
春の陽ざしが偽の光のように乾いていきました。

3月7日の集会の時
在日一世で朝鮮学校出身の里博さんがみずからの壮絶な半生を赤裸々に語った
あの一語一語つよい決意とも思える口調の根源にあるものを
私たちはもっと耳を澄まして聞き届けるべきでした。
それは
この偽の現実においてただ真実を伝えようとする深さから生まれる
光をもとめる闇にも似たつよい意志だったのです。

知らせを貰ってからまだ二週間ですが
その間ずっと私は心の中で
「一人無声デモ」という言葉の響きと向き合っていた気がします。

今日里博さんにお会いし、話をきき、手作りのプラカードを見て
「一人無声デモ」の
里博さんとこの現在にとっての必然的な意味が
分かりました。

里博さんは、民族の誇りを持ちながらも日本人と共に生き抜かなくてはならない
三世四世と続く未来の在日の子供たちに
この除外によってひどいトラウマが与えられてしまうことを
危惧されています。
ご自身もまたそうしたトラウマを与えられ
乗り越えるのにあまりにも長い時間がかかったからです。
言葉の暴力は実際の暴力と同じ位
人の魂を深く傷つける。
そして今回与える傷の大きさは計り知れないのだと。

「一人無声デモ」は韓国の民主化闘争のときに行われたもの。
彼地では不法だったから行うたびに逮捕された。
もちろん今回行うのは現在の日本ですから違法ではありません。
けれど里博さんは
今の日本と韓国のその暗黒時代とは
ネガとポジの違いがあるだけにすぎないと直感しています。

記事は明日朝刊に掲載されるとのことで
また内容をここで紹介したいと考えます。
記事掲載もデモも
世間の空気に身をさらすことを意味しますが
しかしそれ以上に共感の波動が起こることを私たちはつよく願うのです。

写真は里博さんがハングルで書いた
長篇叙事詩『春の悲歌』(槿蘭文化社、原詩集と上野都さんの訳詩集の二巻本)。
1890年から1990年の百年間の朝鮮の悲劇の歴史を
抒情詩としてうたいあげた「抒情叙事詩」(金芝河)です。
リルケの「ドゥイノの悲歌」も意識された力作です。