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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

「真の��朝�≠ヨの第一歩となる判決」(2013年10月15日付「思想運動」923号)

 2013年10月15日付「思想運動」に在特会の京都朝鮮第一初級学校襲撃事件の地裁判決について、エッセイを寄稿しました。

真の��朝�≠ヨの第一歩となる判決    河津聖恵                                            

                                            

  2013年10月7日京都地裁において、在特会による京都朝鮮第一初級学校への襲撃事件に対する民事裁判の判決が下された。2009年12月の襲撃を皮切りに同会が翌年3月まで学校周辺で繰り返した、誹謗中傷と他者憎悪(ヘイト)行為の損害賠償として、約千二百万円の支払いと街宣差し止めが命じられた。

 街宣差し止めが生徒や父兄や教師に大きな安堵を与えたのは、言うまでもない。さらに損害賠償が一千万円を超えたことは大きな社会的意義がある。重要なのは中身の大部分(弁護士費用と有形損害を除いた千百万円)が、無形損害賠償額であることだ。判決文は1983年国連の人種差別撤廃委員会が日本政府に対し「憎悪的及びレイシズム的表明に対処する追加的な措置、とりわけ関連する憲法民法、刑法の規定を効果的に実施すること」を求めたことを考慮して、名誉毀損等でも人種差別撤廃条約が「無形損害の認定を加重させる要因となる」としている。つまり無形賠償額を高額とすることで、在特会ヘイトスピーチと街宣、さらに動画をネット配信した行為を、人種差別行為として明確に断罪したのだ。北朝鮮バッシングや表現の自由を理由とする在特会側の自己正当化は一点も受け入れられなかった。

 今回の判決は以上のように、ヘイトスピーチ人種差別撤廃条約違反として裁かれた点でまさに画期的なものだった。判決は在特会の差別行為を抑え込むだけでなく、1995年に人種差別撤廃条約に加入しながら、差別禁止法等をいまだ制定しない日本国家に対しても、無視できないプレッシャーを掛けるだろう。また今後の同様の裁判においても、人種差別撤廃条約を踏まえることがおのずと要請されるはずだ。

 だが手放しでは喜べない。なぜなら判決文はこの事件を人種差別と認定したにも関わらず、朝鮮学校が一貫して訴えたもう一つの主張である「民族教育権の保障」については、一切言及していないからだ。無形損害について学校業務への妨害には触れつつも、民族教育権が侵害されたというさらに重要な被害についてはスルーしている。国策に関わるので物議を醸すと考えたからか、それとも言及せずとも判決が暗示するとしたのか、その意図は分からない。だがいずれにしても、朝鮮学校が襲われたのはたんに「朝鮮人がいる学校」だからではなく、そこが「民族教育が行われる場」だったからだ。「朝鮮学校、こんなものはぶっ壊せ」とがなり立てた在特会の快楽的で身勝手な憎悪の背景には、民族教育への無理解の闇を深める世間があり、朝鮮学校を無償化除外によって差別し続ける国家の真闇が厳として存在する。真の解決にはそこに光を射し込ませるしかない。

 満員の法廷を感動で揺さぶったオモニの証言を思い出す。「朝鮮学校に入り、先生が黒板に『朝鮮』という文字を書き、朝が鮮やかな国、と教えてくれた。朝鮮人であることは恥ずかしくないのだ、という自尊心は、朝鮮学校へ行かなかったら得られなかった」。在特会控訴方針を打ち出した。まだまだ戦いは続く。だが今回の「勝訴」をきっかけに、多くの人々が朝鮮学校に関心を持ち、民族教育に対する理解の光が日本社会の闇に射すことを願ってやまない。

Shisoundo