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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

詩「千年ノ赤ン坊」(「現代詩手帖」6月号)

千年ノ赤ン坊 Ngjpg
                          河津聖恵   

空の空虚が撃たれ、青は限りなく深まる
無の銃声と共に
夢を見張るガラスの監視塔は天頂から破壊された
世界は子を庇う母親
うすむらさきに翳り蹲り永遠の痛みを負う
(赤チャンガ泣イテル、泣イテル、)
透明な血にまみれた世界の赤ン坊は祝福もなく生まれ落ちる
半透明の殻を背負う無垢な蝸牛のように
岩場に残された小さな水たまりのように
水底にくらくらふるえる臍帯!

千年の悲しみが退いた砂浜に
名のない獣たちが俯いている
かれらは水を飲みに来たのでも
ウミガメの卵を探しに来たのでもない
死から生へ 生から死へ
寄せてはかえす玻璃の美しさを
瞬間ごとにじゅっと目に焼き付けているのだ
獣ではなく人か?
虹が黒く崩れ落ち
あらゆる橋が透き通り
すべての記憶が針を失った時計の文字盤のように向き直ったあの閃光を
ぎらぎらした燃料棒に変えて呑み込んだヒトか?

0.01…0.009…0.008… 
いまだ世界を恐れ引きこもる花々の押し殺した呟きから
無傷の数が幼い蜂のようにふうわり飛ぶ(春か?)
花々をその下に匿ったまま瓦礫たちは
千年の蜥蜴の目をやっと閉じる
あの日死者からふいにもたらされた目と耳
瓦礫は瓦礫のままずっと辛かったのだ
翼のない血の記憶や
目のない涙のうた
花のない黄の狼煙と
光のない星の戦争を目の当たりにし
声をあげられないでいた
海に揺すられるたび巨きくなる空のがらんどうの魂を
一片ずつあおあおと背負わされていた
貝のように耳に当てると 瓦礫たちはぼうぼうと泣いた

ここは空から光の墓標を打ちつけられたカルスト
私も千歳、胸のボタンを外し
ヒトという折り目からイノチの花粉をこぼそう
風の指をのばし空の空虚に触れ
宇宙のツユクサの青い絶望にしずかに染まろう
ふたたび断崖から海よりも濃青(こあお)の蝶が
きらりと放たれるまで
私が死んで世界が目覚める背理の莢がついに破れ
銀の生誕が千年を輝きわたるまで