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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(河出書房新社)書評 2020年5月17日付「しんぶん赤旗」

 増え続ける外国人への憎悪犯罪に対し、いまだ抜本的な対策が取られない日本。その今を生きる在日三世の作家が、近未来のディストピアを生きる同世代の苦悩を、息詰まる会話と展開によって描き出す。今からほんの先の未来、特別永住者の制度は廃止され、外国人への生活保護が違法となり、公的文書での通名使用は禁止、ヘイトスピーチ解消法も廃された。つまり「排外主義者の夢は叶った」。
 二人の人物が物語を展開させる。在日の生存を守る活動を単独で模索する観念的でクールな太一と、仲間と活動し、文学と政治の間で理想を貫こうとする直情的でナイーブな李花。対照的な二人だが、アイデンティティの不安と孤独の中で世界を変えようと真摯にもがき続ける。
 親日派に共感する父への反抗心を持つ太一は、李花の設立した青年会に入るがやがて日本の選挙運動に飛び込む。だが与野党が差別政策の見返りに夫婦別姓同性婚の合法化で合意するという政治の倒錯に見切りをつけ、ある殉教的な計画を立てその「駒」を探していく。一方李花は「帰国事業」と称し会のメンバーと渡韓し、自己探求のための自給自足の生活を始めるが、近未来のかの地もレッドパージの吹き荒れる国だった―。
 様々な人物の台詞に、作者が苛酷な現代に向き合い積み重ねてきた思想が感じられる。ふと煌く言葉が突き刺ささる。
「私たちは、この虚しく苦しい世界に共に虚しく苦しめられながら、それでも共に生きてゆきましょう」「この世界の、息もたえだえに登りきった果てのその光景は、きっと美しい。共に信じよう」「差別の問題とは死なないことなんじゃないか? ひょっとして、誰も死なせないことなんじゃないのか?」
 たとえ希望はなくとも世界を変える意志は続く。意外な結末で終わるこの小説は、そう教えてくれる。ここに溢れる善き世界への痛切な思いを、今を生きる多くの人に届かせたい。