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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

「豊饒と破片ー『言葉の作家』三島由紀夫をめぐる詩論の試み(1)」(「ふらんす堂通信」181)

ふらんす堂通信181」に、「破片と豊饒ー『言葉の作家』三島由紀夫をめぐる詩論の試み」が掲載されました。三島文学の言葉の特異な自律性を、ブランショの『文学空間』の言語思想と絡めていけたらと当面は思っています。

ちなみに1998年に出した『夏の終わり』は『豊饒の海』を読み進めながら書いた詩集です。その頃だったか「詩人三島由紀夫論」というような小論を、同人誌に載せたことがありましたが、反応が全くなかった記憶があります。唯一あったのが「反応なかったの?驚き!」という一言のみ。今回はちゃんと続き、何らかの反応がありますように。f:id:shikukan:20240811115745j:image

2024年8月5日京都新聞朝刊文化面「詩歌の本棚・新刊評」

 モノとコト。合わされば「物事」ともなるこの二つは、じつは詩作における重要な要素だ。もちろん詩の本体はコト、つまりテーマだが、どんなテーマも具体的なモノを書き入れ、読み手の想像力を触発しなければ伝わらない。その時初めてコトはコトとして立ち上がる。モノからコトへ――今、この方向性に注目したい。

 尾内達也『二〇の物と五つの場の言葉』(七月堂)は、モノからコトへ果敢に向かう。第一部「物の言葉」は、言わばモノの詩的「デッサン」であり、第二部「場の言葉」でコトに挑むための言葉と感性の鍛錬とも言えよう。砂時計、鍵、ポリ袋、トイレットペーパー、燃えるごみ、蜜柑、泡などの身近なモノたちに言葉で迫る作者の心に、「かれら」は言葉を拒む危機的な実相を映り込ませる。

「朝のグラスに漆黒の夜を注ぐ。月のない黒。新しい光はグラスの外側にあふれるが、けっして中へは入ってこない。アイス珈琲は夜の領分に属しているのである。アイス珈琲の静けさには死体の手を握ったときの冷たさのような軽い驚きがある。その静かな黒を見つめていると永遠に言葉を拒絶していることがわかる。その拒絶に抗いながら、言葉を紡ぐと、それはもはや言葉ではなく、悲鳴であり、悲鳴ではなく、嗚咽である。言葉を壊すことで垣間見える黒――。」(「アイス珈琲」全文)

 モノから聞こえた悲鳴、垣間見えた真闇は、第二部のアクチュアルなコトの詩へと通底する。本詩集は昨年中に22編で出版する予定だったが(あとがき)、ガザの虐殺などに直面し予定を変更。ガザやウトロの放火事件の詩を加え全25編とした。「現代詩はアクチュアルでなければならない」という信念が結晶化した次の作は、瓦礫の地に届く言葉とは何かを、旧かなまじりの寡黙な筆致で問う。

「月は眠らない――GAZAは眠らない(海も陸も敵意に満ちてゐる――止むことのない瓦礫の崩落――空はひとつの偽りである。//月の光の中で、面のない人形たちが群れてゐる。GAZAに言葉は届かない――悲鳴はいつも緑の小箱の中に隠されてゐる。//言葉を――透明な膜がかかつた言葉を――ナイフで切り出す、/痛み――血――詩――もはや、それはひとつの翳りである。//――今ここに「ある」こと、/今ここに「ある」ことでGAZAとつながる――、/まだ、雪は降らない、まだ、月は上がらない。//私があることで「死」とつながり、/私であることで「生」とつながる。//hic et nunc hic et nunc//光であれ――雪の、月の、」(「GAZA――今ここに「ある」こと」全文)

 玄原冬子『福音』(版木舎)もまた五感を研ぎ澄まし、身近にあるモノから言葉を誘い出す。そして蘇るコト=孤独の記憶が、モノと浸透しあいながら、ひんやりともう一つの世界を拓いてゆく。次の詩で「私」は小さな花だ。新聞配達をする外国人の少女たちの姿に、密かに祝福を贈るための。

「その年の夏は燃えるような暑さで/平和だと信じた 海のこちらの小さな国にも/灼けつくようにゆらぐ季節があることを/少女たちは知る/(略)/―― トゥイ フィエン チュイ クィン ティー/どの名も 深い海を渡ってきた波のひびきで//ゆらぎはじめたヘイワを案じる異国の町の紙の束を/読むことすら儘(まま)ならないまま/その日も 無心に配り終えた//午後五時 日の射しはじめた路地の脇に/空のバイクを停めた小柄な少女たちは/あふれるような眼で 垣根に群れ咲く朝顔を見上げる//私は ただ そのときだけのために/空の色の花びらを ゆっくりと解く準備をする」(「朝顔」)

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HP「一篇の詩への旅」を更新しました

HP「一篇の詩への旅」を更新しました。

今回は私の「渋沢孝輔『水晶狂い』」です。

https://nzdmw.crayonsite.com/p/14/

「水晶狂い」の時を超えた美しさにいま、感じ取れるもの、教えられるものを書き連ねました。この詩は、詩作が本質的に狂気であることを、その不可能性と可能性を、詩空間の虚構の実況中継として描き出した、永遠に残る作品です。

 ちなみに渋沢氏は、高校時代の恩師のご伴侶でもあり、投稿欄で拙い詩を励ましてくれた先輩詩人でもありました。最近は必ず詩の世界でも忘れられているのが残念です。あらためて出会い直したいと思います。

2024年6月17日京都新聞文化面「詩歌の本棚・新刊評」

 詩は身体と深く関係する。言葉は内面のみから生まれるのではない。書き手の誰もが、身体深くから思わぬ言葉が立ち上がって来る感覚を知っているだろう。詩を書く最中にはかすかに喉も動くのが分かるし、作品を朗読すれば推敲が上手く行くこともしばしばだ。詩の根源は確かに身体だと確信する。

 ひとみ・けいこ『山葡萄』(ドットウィザード)の作者はバレエを学ぶ。本詩集にもバレエの身体感覚が活かされた表現や、バレエ用語そのものも散見される。「Ⅰ季節」「II自然」「Ⅲからだ」「Ⅳこころ」という章立ての中心は「Ⅲからだ」。身体は命であり、踊りは命の表現であるという視点から、様々なモチーフが描き出されている。「山葡萄」という素朴な表題は、読む人が「一粒でも、エネルギーにつながるようなものを味わってもらえたら」(あとがき)という願いを込めたもの。その思いは全篇に感じられる。一語一語頬張るように読んでいくのが楽しい。身体の経験にもとづく確かな言葉の力は、まさに滋養だ。

「黒光りする宝石のよう/その響きにうっとり/水に浸したら/ゆすいで水を切る//此処からひと手間/ひと粒ずつ/朶(えだ)から/実を抜き取ると/小さな珊瑚のような手が/顔を出す/その手は 海と森とつながっているよう//皮は黒いが/その下の実は薄い萌黄色/その柔らかさは/昨日まで山の斜面に自生していた証/ツキノワグマからのおすそわけ//やわらかな粒たちは/潰し、しばらく煮て/ざるで濾したら/最初のジュースができる/この紫は、ここでしか見られない/濃紫色(こむらさきいろ)/ひと口で/指先まで山葡萄に染まっていく」

アントシアニンポリフェノールクエン酸にリンゴ酸/小紫色(こむらさきいろ)の水/飲み干せば/雲丹の眠る海や/ブナの原生林が/ぼんやり見えてくる//来年も山葡萄に/会えますように/黒い光の粒たちが/私のところへ/来てくれますように」(「山葡萄」)

 中塚鞠子『水族館はこわいところ』(思潮社)もまた、柔軟な身体を思わせる言葉の運びで、各篇のモチーフを思いがけない方向へ展開させる。この世の存在の不思議、人間と事物との命の次元での関わり、そしてそこから光りだす未知の希望を、作者の言葉はまるで水の中で魚を捕獲するように、独特のカーブを描き捉えてみせる。希望と言っても、詩だけが言いうる多義的な希望だ。それは諦念にも近い陰翳を帯びるがゆえにむしろ感銘深い。表題の「水族館」が暗示するように、本詩集の詩の空間をみたすのは空虚ではなく水。生も死も、過去も未来も、戦争も災害も、まるで無量の涙のような羊水のような海の中にある――そうした世界観が自由な展開の背景にある。 

 3.11をテーマとする次の詩は、輪廻転生という思想の根源にはじつは深い悲しみがあることを、痛切に教えてくれる。

「まどろみ始めるといつもおまえはやってくる/白い翼からしずくを垂らしながら//かあさん 私は生きてるよ/怖かったあの津波の日/わたしは海鳥になったの/魚の捕り方も覚えた/荒れ狂う雨の中を飛び続けることだってできる/飛びながら眠ることもできるんだ/よく かあさんの夢を見るよ//夢の中で かあさんはいうの/かあさんもあの日から魚になってしまった/娘や さあ 私を食べなさい/そうしえ私と一緒に生きよう って//空が白々と明けはじめ 何かの気配に目覚める/布団がぐっしょり濡れている/ああ 魚になりたい/魚になりたい」(「魚になりたい」全文)

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2024年5月6日京都新聞文化面「詩歌の本棚・新刊評」

 1980年代、「女性詩」というカテゴリーがあった。詩誌『ラ・メール』を中心に、多くの女性が平易で感覚的な言葉で、日常や身体に即した詩を書いた。私もブームに背中を押された一人だが、やがて「女性詩」という名称に違和感も生まれた。書き手の殆どが男性である戦後詩をなぜ「男性詩」と呼ばないのか、何も冠されない「詩」は存在しうるのか――。『ラ・メール』終刊後「女性詩」は取り立てて論じられなくなった。だが詩が生命との固有の関わりを回復させなければならない今、「女性詩」をその問題性と美質に改めて光を当てながら振り返ることは、大きな意味があるはずだ。

 甘里君香『卵権』(幻戯書房)は「男性問題を中心テーマに据えた」詩集。「女性詩」が残した問題性に応答する内容だ。性の多様性の時代に作者があえて「性を二分法で捉える」のは、「生き物はすべからく女性性を内包し、そこからどれだけ男性に振れるのか」によって多様性がもたらされると考えるからだ。本詩集で女性とは「胎児のときから卵子を内包して生まれる未来に向かう存在」であり、縄文では両性が二分法に苦しめられず命そのものだった。だが今性は疎外され、男性の「暴力性」とシングルマザーの苦悩と子供たちの孤独は極まっている。作者は蘇生を求めて、195頁(本文)にもわたり「自由にたいして隙のない言葉」でうたい続ける。卵(ラン)たちは生命本来の根源的な自由を回復しようと、戦争や貧困をもたらす絶対的二分法にアナーキーなまでに立ち向かう。

「高層ビルを倒そう/アスファルトを剥がそう/すべての組織を壊そう/森からの水が汚れを落とし深呼吸する脳に土の匂いが刺さる/熱さに優る圧力で私たちを抱き留めている鉄の内惑星は/恒星に言葉を送り恒星から私たちの体に意志が贈られた/意志は卵細胞に染み込んで深く柔らかな真紅の渦に巻き込み/摑んだのは炎に包まれた恒星の欠片/そっと腕に抱き波打際に放すと/夥しい色彩の重なりが一瞬で星の裏側に広がる/プチンという音が響くと波間に笑顔が浮かび/笑顔は笑顔を分け与えるように生殖し/人の形の乾いた細胞は春風香る分子で満たされる/性の意味は掌に還りランの歓声が海から天に突き抜けた」(「ランの舟」)

   にしもとめぐみ『女は秘密を歩き始めてしまう』(砂子屋書房)は、性の二分法を超えて生命の全体性を希求するという「女性詩」の美質を受け継ぐ。各詩の空間は「わたし」の「あなた」への愛に満たされながら、同時に「あなた」を超え遥か彼方をつねに希求する。扉に引用されたリルケの一節(「ただあなたが欲しい 鋪道の裂け目が/草の突き出ようとするのを感じるときそのみすぼらしい裂け目が/春全体を求めないでいることなどあるだろうか(後略)」)が本詩集の根底にある思いを代弁しているだろう。作者がたゆまず志向するものが、リルケが晩年に辿り着いた「世界内面空間」(生と死が流動する空間)と同じ境地であることは、以下の巻頭作からも窺い知ることが出来る。

「日々は/どのように続くのか/最期の時を知ることはできない//今日見つけた/羽化した蝉/どこまで飛んでいったのだろう//毎年聞こえる蝉しぐれも/同じようで違う/時 かけがえのない 今//植物は花を咲かせ 枯れる/愁うることはない/種を 芽を ただ生かす//死にゆくことは/課せられたこと/生死は巡る//命の在る事/命の美しさ/が燃えている」(「燃え尽きるその日まで」全文)

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講演「いま、戦後詩をみつめる」(抄録)後編(「詩と思想」2024年4月号)

詩と思想」4月号に昨年末に国立市公民館で開催された講演「いま、戦後詩をみつめる」(抄録)後編が掲載されています。内容は水島英己さんと私の対談と質疑応答です。対談は鮎川信夫のいう「無名にして共同なる社会」が主なテーマ。質疑応答では戦後詩人の加害意識とは?いう問いも投じられました。

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2024.3.19京都新聞朝刊文化面「詩歌の本棚・新刊評」

 全詩集を読むのは贅沢な体験だ。詩人の生涯を年譜と作品でまるごと堪能できるのだから。だが最も興味深いのは、「詩とは何か」という詩人の数だけ答えのある問いをめぐって、模索したすがた。一人の詩人の真摯な苦闘の道のりをつぶさに知ることは、後続の者にとって大きな意味がある―。

『岡崎純全詩集』(思潮社)を読みそんなことを思った。岡崎氏は1930年福井県越前市生まれ。敦賀市で教師生活を送った後、2017年に亡くなるまで北陸の代表的な詩人として活動した。かつては京都の大野新氏などと交流し、モダニズムにも影響されたが、結局は「ふるさと」の詩人であることを選んだ。自足や自閉ではなく氏の「答え」として。声なき「常民」の思いを聴取し表現する言葉、風土に抱かれつつ風土を抱き返す氏の言葉そのものが「答え」なのだ。

「北陸の農村に生まれ、ただひたすらに土に汗して生き、安らかな死を願望しつつ生を終えていった」寡黙な者たちの「切なる情念がいとしくてならない」(『極楽石』あとがき)。収録詩は少年詩、ライトヴァース、郷土詩などに分類されるが、どれも北陸の人々の生死を高い技量で、愛情を込めて形象化する。例えば「ふるさとの山」と喉仏が照らしあう珠玉作「日野山」。

「村の東に/背筋を伸ばして座す日野山(ひのさん)がある/私のふるさとの山である/八百米ほどの山なのだが/「漸 白根か嶽かくれて 比那か嵩あらはる」/と「おくの細道」に記された山である」「私たちは日野山を正面に見ながら/縄手を歩いて学校へ通った/季節は日野山から降りて来た/八月の日野山の祭りの後には/きまったようにお庭流しの夕立があった/それに合わせて村人たちは大根の種を蒔いた/日野山に三度雪が降ると/いよいよ村里にも雪が来るのだった/私たちは雪をわくわくして待った//父が逝き母が逝き/父や母の喉仏を掌に乗せて/日野山の姿になんとなく似ていると/私は思ったことだった/人はみなふるさとの山の姿を飲み込んで/生きているのだった」

 麻生直子『アイアイ・コンテーラ』(紫陽社)の作者は北海道奥尻島生まれ。本書もまた「ふるさと」と人間の関係を見つめる。土地の神話や言葉の生命力が関係を生き生きと蘇らせる一方、「ふるさと」から追われる少数民族ウクライナの悲しみにも眼差しは届く。作者の幼年期の記憶と様々な他者の「ふるさと」が交錯する。言葉の音楽性がそれらを共鳴させるかのようだ。

   掉尾(ちょうび)を飾るのは京都の小野篁伝説と、金採掘によって空洞化した「ふるさとの山」を重ね合わせた詩「鳴山の空洞」。

「暗闇の大穴の底には冥界への入り口があり/小野篁(おののたかむら)が閻魔羅闍の官吏をしているかもしれず/京のみやこの古刹を訪ねて来たばかりの/旅のものには/蝦夷(えみし)の井戸掘りの暗がりに百鬼夜行をみる//太鼓山に登りませんか/頂上で跳ねると/とーん とーん とーん と音がしますよ//松前半島の山脈や渓谷や河川の/その道筋を密かにたどれば/かつての隠れ切支丹の集落に行きつく/渡り党のように海を渡り砂金ブームに紛れ込んで/迫害から生き延びた流人 盗賊 禁教令遁れが/密かに掘りつづけた金山跡の空洞//砂金運搬の切支丹道路はだれにも知らせない/残酷な人間たちよりも/山河のある大地ははるかに優しい/鎮まる原野/川のなかの轍/行方も知らず/大海に消えて行った使徒の小舟」