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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

2026年6月16日「詩歌の本棚・新刊評」

 モダニズムはとりわけ戦前、この国の詩に大きな影響を与えた。思想や感情を排し、技巧によって都市的な感覚を追求する詩法だ。それは当時の多くの若い詩人たちにとって一縷の光だった。戦争の現実からつかのま離脱しうる、別世界の創造だった。

『1920年代モダニズム詩人と戦後大阪の詩文化』(倉橋健一、季村敏夫、林大地、琥珀書房)が論じるのは、従来の詩史がとりこぼしてきた、一九二〇年代後半から三〇年頃にかけての「大阪道頓堀モダニズム」だ。藤村靑一と大西鵜之介という二人の詩人に焦点を当てつつ、「不良詩人」たちが「夜毎ドウトンボリに、ステツキを連ねながら爽颯と暴れまわつた」時代を共感とともに描き出す。多くの先鋭な詩誌が生まれ、甘美で過激な詩が綴られていったが、特に大西の詩の成熟は興味深い。大西は一九三三年七月の「神兵隊事件」(「昭和維新」に連なる民間右翼によるクーデター未遂事件)に深く関わり、勾留されたという。「戦後の大西の詩に色濃く滲んでいるのは、暗い過去の存在ゆえの孤絶感と、自分と世間との途方もない孤絶の意識である。」(林)まさに痛みのモダニズムだ。

「もはや私は指の先までも晶化されてゐた/鼻も唇も まつ毛の一本までがガラス体である/長椅子ソファは私の重みをかんじ/私のふとももは大理石よりも冷たい//私は思惟する/故に私の腦髄だけが生きてゐる/この荒涼と凍り切った肉体のなかに/思惟する腦髄は何といふ「喜劇」であらう//かつて 私の心臓のあつた位置には/(思ひ出の 華やかな靜脈の數々よ)/正確な時計を持つた時計が装置され/チクタクと 私の年齢を刻んで居る//このガランとした白い部屋の中心に/私の何年かは「空白」として記録された/ただ 窓のみが半ば開かれ そのすき間から/群衆の聲が そして私の焦燥だけが聞えて来る//手を差し上げ この指の透明さをすかして見る/それが今日の「歴史」に何の意味があらう/かくて 私の横顔プロフイルは極光のやうにやつれ果て/私の手足は鎻のやうに重たい」(「焦燥」)

 『動物詩集またはオルフェの行列』(森田いく子訳、思潮社)の作者ギョーム・アポリネールは二十世紀初頭を生きた、モダニズム精神を体現した詩人。動物詩集とは「フランスでは中世からあった」ジャンル。寓意的な動物の木版画と文章を、キリスト教の枠組みで組み合わせる。だが本詩集の獣、虫、魚、鳥の各部の冒頭に現れるのはキリストではなく詩人のシンボル、オルフェ。つまりアポリネール自身なのだ。すでに堀口大学の訳があるが、訳者は「デュフィの木版画を伴ったこのアポリネールの第一詩集は、イメージと結びついた彼の詩学の宣言書みたいなものであるから、」「より原文に忠実な、力強い訳にしたいと思った」という(「解説」)。

「ほめたたえよ/線の比類なき力強さと崇高さを。/まさしく線は光が発した声、/ヘルメス・トリスメギストスが/『ピマンドル』でそう説いている。」(「オルフェ」)

「象に牙があるように/わが口にも宝物を一つ匿している。/それは緋色の死!……われは栄光を買う/美しい調べの命の言葉を吐いて。」(「象」))

「ノミ、友人たち、恋人たちさえ、/私たちを好いてくれるものは みんななんて残酷なんだ!/私たちの血はすべて彼らのために流れる。/愛されるってのもつらいもんだ。」(「ノミ」)

「天へ向かって墨を吐き、/愛するものの血を吸い/そしてそれを甘美だと思う、/この非・人間的な怪物 それが私だ。」(「蛸」、以上全て全文)

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2026年5月4日京都新聞文化面「詩歌の本棚・新刊評」

 詩作では、日常で意識化されなかった苦悩と向き合わなくてはならない。あるいはそれは、隠されていた苦悩とだけ向き合う時間なのかも知れない。過程は以下のようだ。自分を取り巻くぼんやりとした不安を凝視する。それを言語化し人間本来の苦悩へと研ぎ澄ます。その結果言葉にはリアリティと力、そして黒ダイヤの美しさをもたらされる--戦争や災害の時代である今、詩人の内面は個人を超えた苦悩を抱え込まざるをえない。だが苦悩の詩こそが、新たな共同の地平を開く可能性を秘めている。

 澁澤政裕『少し冷たい石の温度』(土曜美術社出版販売)は、絶対的とも言える孤独の中で自身の苦悩を見つめ続け、生きるための光を模索した日々の詩的記録だ。本詩集のおよそ半数は、作者にとって「呪いでもある統合失調症の再発以後に」書かれたものだという(あとがき)。作者は二年以上に及ぶ病の苦悩の中で、書くことだけは手放さなかった。闇の深まりの中で見えてくる内的風景を、固有のリズムで綴り続けた。ホロコースト以後「言葉だけが残った」として、詩を書き続けたパウル・ツェランと、遥かに苦悩を共有するのだ。

「私が夜を/夜だけを住み処とするようになってから/どれだけの月日が流れたものか/余りに長い/長い長い歳月/私は夜だけを見つめ続けた/そうしてそこにいつしか/(それは恐らく条理に適う妥当なことでありました) /そこにいつしか/光を/むしろ光と思えるものを/見るに到ってもう一度夜明けの時を迎えるに到った/ほの白くほの青い月の光はかがやかで/森かげや廃墟の中に流れ漂う深い色味と/そして赤いもの/それは瞬きよりも捉えがたいつかのまのもの/慎みの膚の奥処でとち狂う鮮烈がある/私は見て知っている/叫びはつねに秘かに谺こだましながら/夜はなおも美しいまま/夜とは清らなものであることを/巷の騒乱から遠く/徒労からも死からさえも遠く離れて/私はなお/夜と交わる」(「サンクチュアリ」全文)

『地球のゆくえ』(竹林館)の作者原圭治は長い歳月、一貫して社会派詩人として活躍してきた。「詩を書き出してから、およそ八十年が過ぎた」感慨をこう綴る。「詩歴が、私の人生の軌跡になった。そして人間として、現実と向き合う道具のようなものとなった。」「私は、詩的実践を通じて、少しでも、生きている証に近付こうとしたのかも知れない。」一九三二年生まれの原氏の「社会派性」と、一九八四年生まれの澁澤氏の「実存性」は一見対極的のようでありながら、世界規模の人間疎外の時代の先の見えない闇の中で、根本的には両者は同じ苦悩を抱えていると言えよう。本詩集の詩は、戦争、原爆、コロナ、大震災などで未来を奪われた非業の死者たちの苦悩を、共に苦悩する中で綴られている。同時に歴史的事実を丹念に拾い上げながら。

「未だ この広い海の何処かに 漂いながら/安否不明の 1万7千人余の死者たちがいる/見つかった 7千5百人余の死者たちは荼毘に付したが/その人の体内のいのちの水は 汚染されておらず/死者の遺骨は 純粋に 水の容量を失った存在で/親類縁者は深い悲しみの手で 乾いた骨を拾って/骨壺に納めるが 生きたかった怨念の骨片は/総ての水分を奪われて 砕かれてしまうのか/溶解したトリチウムに 汚染されたままで/増え続ける水の容量は 林立する汚染タンクへ/骨壺のような 納まりかたは決して出来ないから」(「水の容量--続・水の世紀」)

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2026年3月17日京都新聞文化面「詩歌の本棚・新刊評」

 音楽や絵画に触発されて、詩が生まれることがある。非言語芸術には言語芸術に霊感をもたらす力がある。そもそも詩は、言葉を使いながら言葉にならないものを表現する、という難しい使命を負っている。だがそれだけに非言語芸術の詩性は、詩にとって輝かしいのだ。旋律や色彩に魅せられると詩を書きたくなるのは、言葉が言葉を超える輝きを追って、おのずと動き出すからではないか。

 中西弘貴『昭和もしくは過ぎゆく客』(編集工房ノア)には、「詩は、言葉で造る彫刻のようなものではないか」という思いがある。「作者の意識が言葉によって具現化され、あるイメージと結合して重層化され現れてくる像としての世界。そのような詩の景色に出会いたい。さらには私自身の正味を象ってくれた〈昭和〉の、時・人・場への秘めたる思いを造形化してみたい、というのが本詩集を編むまでの主題でありました。」(あとがき)そのように言葉による彫刻をめざす本詩集の詩には、「ことばことばの途切れ目を/絶句のかたちに切り揃え」る(「消息」)リズムがある。その「絶句」のリズムはまさに彫るリズムであり、石原吉郎の「断定」のリズムをも想起させる。このシベリア抑留詩人と同じく繊細で象徴的な言葉によって、作者は来し方の痛みと悲しみを昇華し、意志と祈りを今ここに美しく彫り出すのだ。

「魚になりたいと/きみはいったな/魚であることでしか/切り裂けない風景があると/きみはいったな//身を賭して裂くものと/裂かねばならぬものが/縦横の織糸のように拮抗する/その切実を思い描けず/沈黙を重ねたが/どうして気づかなかったのか/紡錘を象るあの魚身は/削ぎつくした苦のかたち/苦悩の果ての祈りのかたちだ//引き戻そうと/とっさに岸辺に走ったが/いっしゅんを/魚は水を切ってひるがえった」(「魚のかたち――六月に」全文)

 藤井雅人『響きの涯』(思潮社)の作者は、「詩は音楽的な言葉によって人間の体験を紡ぎ出す芸術だから、音楽と一致する本質を持ってい」ると考える。本詩集は作者が「人生の友としてきた音楽へのオマージュ」だが、それは同時に宇宙への壮大なオマージュでもある。「この宇宙のすべての事象は音符のように縒り合わされてひとつの壮大な音楽を奏でているのかもしれない。私の詩がその響きの反映を少しでも伝え得ているのなら幸せなことである。」(あとがき)

 次の詩は、ギリシャ神話に出てくる神、オルフェウスがテーマだ。オルフェウスは竪琴の名手であり、その絶妙な調べで野獣や木や岩をも魅了した。「死んだ妻」エウリュディケーを取り戻すため奏でた哀切な琴の音が、冥府の神々をも魅力したというエピソードは有名だ。末尾の二行「天と地の抱擁から立ちのぼり/宇宙に響きわたる ただ一つの和音を」には、戦争や格差で分断され続ける今の世界を蘇生させたい、という作者のつよい願いを感じる。

「オルフェウスよ/おまえの竪琴の響きが/音階を駆けのぼり 駆けくだる時/巨きな虹が 峨々とした山にあらわれる//交替する音律につれて/七つの色がかわるがわるきらめき/空のかなたに秘められていた/万有の交響楽を解放する//順わせよ/音の芳香に誘い出され まわりに犇く/地上のすべての獣たちを//視よ/地底をわたる 虹の下向きの片割れを辿り/地表にせりあがる死んだ妻/その おまえの心にえがかれた姿を//目を閉じよ/聴け おまえの魂のなかに/天と地の抱擁から立ちのぼり/宇宙に響きわたる ただ一つの和音を」(「オルフェウスの竪琴」全文)

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講座「越境する感受性-茨木のり子を読む」


【近現代詩講座 いま、戦後詩をみつめるⅢ】
「越境する感受性―茨木のり子を読む」

第一部
河津聖恵「響きあう双子の星一茨木のり子尹東柱

第二部
水島英己「戦後詩を越えて一茨木のり子と戦争」

日時:3月14日(土)午後1時30分~4時30分
場所:国立市公民館 地下ホール
定員:60名(申込先着順)
詳細・申込:公民館HP(city.kunitachi.tokyo.jp/index.html )のフォームか、電話(042-572-5141)で。2月13日( 金 )朝9時から受付開始

〈講師からのメッセージ〉
言葉が軽く消費され、思いつきの発言が世界を不安にしている今、茨木のり子の詩は静かで澄んだ平常の力をもって、私たちに確かな意味を手渡してくれます。「自分の感受性くらい自分で守れ」。この言葉は、感受性を閉ざすためのものではありません。日本語の歴史や古歌、敗者の記憶に深く沈みながら、愛する夫の不在を抱え、茨木は言葉の奥に潜む時間と痛みを丁寧に掬いあげました。その沈潜はやがて、異なる言語と他者の歴史へと静かに開かれていきます。韓国語を学び、尹東柱の詩に出会い、朝鮮の詩人たちの声を日本語へと移し替えていったのです。
他者の痛みや歴史に耳を澄ませること――それが茨木の詩の中心にあります。言葉が分断を生む時代だからこそ、彼女の言葉は「越境する感受性」の連帯へと私たちを誘います。また、今年は茨木の生誕100周年でもあります。その開かれた詩の世界を、ご一緒にたどってみませんか。

https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/soshiki/Dept08/Div05/kouza/2025/kouza202509_6/13739.html

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2026年2月2日京都新聞朝刊文化面「詩歌の本棚・新刊評」

   大きな災厄のまえに詩は無力か――。とりわけ3.11以後に繰り返されてきた問いだ。確かに詩そのものは無力かも知れない。だが詩作は書き手に生きる意志を確かにもたらす。さらに怒りと悲しみを昇華して言葉に鋭い切先が生まれ、自らの深い無力感を突き刺す時、詩は同時に遥かな他者をも射抜くはずだ。

 下前幸一『寄る辺ない道の途中に』(20世紀の谷間社)は、コロナ禍の中で書いた詩群と、作者が在籍した「地域・アソシエーション研究所」の活動に関わる詩群という二つの柱を持つ。前者は、あの約三年間続いた異様な時間の心理と風景を、生々しく蘇らせる。「社会の全般としては、禍としてのコロナは過去のことになりつつある。(略)しかし、経験は消えることはない。痛みや傷はかさぶたのように今もそこにあり、私たちにある方向のようなものを促すのではないか。東日本大震災福島原発事故もまたそうであるように。そのことを自覚し、そこからどのような道筋を選択するのかは、それぞれに任されているものだとしても。」(あとがき)。白い闇の中で言葉を手探りし続けた「経験」の結実である本詩集は、読む者を不可視の希望へ、静かに促す強さがある。

「五月八日/雨の朝//心電図モニターの/電子的な刻み//点滴のしたたりが/昏睡の獣道に滲む//降り続く雨の/半透明の遮蔽//五月八日、午前五時/私は雨に拘束されている//濡れた植栽/途絶えた轍//明け方の濁り水//ウクライナ/五月七日、午後十時/黒色の沃野//ヒロキさんが死んだ/七百万分の一の死を//私は記憶を切り捨てるのか/記憶が私を去っていくのか//香港/五月八日、午前四時/屋台街の音のない響き//スーダン/五月七日、午後十時/静寂を破る銃撃//サンパウロ/五月七日、午後五時/雨の地球生命体//パンデミックの跡形/濡れ落ちたマスク//大浦湾/五月八日、午前五時/薄日が滞留する沖//光ざわめく/遠近法の迷路//立ち尽くす/五月の朝」(「五月八日」全文)

   後者の詩群中、ウトロ放火事件をめぐる詩「ウトロ、二〇二二年夏」は、差別の歴史を「消し炭色の鼻を衝く臭い」と共に見事に現前させる。

 宮尾節子『恋国(こいこく)』(言視舎)は、今この国が直面する「新しい戦前」に抗う詩を、圧倒的な言葉の熱量をもって模索する。パンデミック、排外主義、弱者虐待、日本の軍国主義化といった喫緊の社会的テーマに挑みつつ、同時にそれが詩の可能性を広げる試みになっているのが素晴らしい。硬直的に政治言語化せず、個人の感慨にとどまることもなく、言葉はじつに伸びやかだ。「ヒムネ Bleeding  heart  dove」は、フィリピンに生息する「緋胸鳩(ヒムネバト)」(胸が血を流しているように赤い)をモチーフとし、「はと」と「はた」、胸の赤と日の丸、ルソン島で戦死した兵士が身に着けていた「寄せ書き入りの日の丸」が遺族に返還されたニュースなどを、大胆に絡み合わせた。22頁にもわたり平和をつよく訴える力作だ。

「どのようにして鳩が/あなたの旗を 入手したのか知らない/鳩は戦時中のことをほとんど語ることはなかった//くうくるくう、/くうくるくう、//ただその鳴き声だけは/いまでも警告を発し続けている//空襲が来たぞ。/空襲が来たぞ。//この鳩の返還により あなたとあなたのご家族のみなさまの/お心に安らぎがもたらされますように//感謝です。/大切に胸に飾り――//鳩は/子や孫たちに//――平和の大切さを伝えていくということです。」(最終章)

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講演のお知らせ:近現代詩講座 いま、戦後詩をみつめるⅢ

【近現代詩講座 いま、戦後詩をみつめるⅢ】

「越境する感受性―茨木のり子を読む」


第一部・河津聖恵
「響きあう双子の星ー茨木のり子尹東柱


第二部・水島英己
「戦後詩を越えて―茨木のり子と戦争」


日時:3月14日(土)午後1時30分~4時30分
場所:国立市公民館 地下ホール
定員:60名(申込先着順)
詳細・申込:https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/index.html(公民館HP)、または電話(042-572-5141)。2月13日( 金 )朝9時から受付開始