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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

年初に湧いた「詩論」

  「もう一つのこの世」あるいは「もう一つの秩序」を確固と、そして燦然と、この世の内で描き出すことーそれは、もっとも美しい抵抗ではないだろうか。詩であれ生き方であれ、 この世にまつろわずあの世に逃避することもせず。「もう一つのこの世」は詩人がうたわなくては存在しないが、ひとたびうたわれればそれ以外は存在しない、鮮烈な情景であるー。

 

   石牟礼道子さんの以下の文章からそんな「詩論」が湧きました。おそらく詩とは、人の心の深くに隠されている物や情景の輝きを探し出していく旅。言葉という祖代々の無限の想いを乗せている舟に身をあずけて。

 

  不知火海は光芒を放ち、空を照り返していた。そのような光芒の中を横切る条痕のように、夕方になると舟たちが小さな浦々から出た。舟たちの一艘一艘は、この二十年のこと、いやもっともっと祖(おや)代々のことを無限に乗せていた。それは単なる風物ではなかった。人びとにとって空とは、空華した魂の在るところだった。舟がそこに在る、という形を定めるには、空と海とがなければならず、舟がそこに出てゆくので、海も空も活き返っていた。

(石牟礼道子苦海浄土』第二部)

2018年12月24日付「しんぶん赤旗」文化面・「詩壇」

  齋藤貢『夕焼け売り』(思潮社)は、今も見えない放射線の恐怖と向き合う核被災地の痛みを、類いまれな詩的幻想の力で伝える。聖書の楽園喪失と一粒の麦としての「ひと」のイメージが作り出す不思議な時空は、古代でもあり未来でもある。訥々とした語りは原初の闇をかき分け歩むようだ。光は見えないが、光を求めてやまない悲しみがそれ自体光となり、こちらの胸に突き刺さる。
 表題作「夕焼け売り」は無人の町が舞台だ。
「この町には/夕方になると、夕焼け売りが/奪われてしまった時間を行商して歩いている。/誰も住んでいない家々の軒先に立ち/「夕焼けは、いらんかねぇ」/「幾つ、欲しいかねぇ」/夕焼け売りの声がすると/誰もいないこの町の/瓦屋根の煙突からは/薪を燃やす、夕餉の煙も漂ってくる。」
  もはや想像するしかない帰還困難区域の夕方の幻想的情景である。あの日からそこでは夕日は沈むことがない。なぜなら眺める人がいないから。美しい夕焼けは眺める人がいてこそ存在するから。そして夕焼けに続く夕餉や団欒も失われた。原発事故はそのような人間的な時間を「奪った」のだ。今も帰れない住民は「夕焼け売りの声を聞きながら」「あの日の悲しみ」を食卓に並べ、失われた夕餉を想い続けている―。
  原発事故という不条理を一方的に背負わされた被災者の、声なき怒りと悲しみ。福島に住む詩人はそれを痛切な暗喩で突きつけている。読む者がそれをしかと受け止めることは、核被災の痛みを分かち合うことに繋がっていくはずだ。
「ひとであるためのことば」「ひとであるために選ぶことば」を詩人は探し続ける。夕焼けという人間の時間を呼び戻すために。

12月18日辺見庸講演存在と非在/狂気と正気のあわいを見つめて—『月』はなぜ書かれたのか」

昨夜、新宿・紀伊國屋ホールで行われた辺見庸氏の講演「存在と非在/狂気と正気のあわいを見つめて『月』はなぜ書かれたのか」をききました。


最新刊『月』刊行を記念しての講演です。


風邪による熱を押しての二時間半、氏は会場に集った人々を、「友人たち」と呼び、たしかに個というものの存在の深みから体温のある声を放ってくれました。辺見さんの声はいいなあ、言葉に見捨てられていない声がここにあるなあとあらためて感じました。


(今回はメモを取らなかったので、以下は曖昧な記憶からおのずと触発されたものを、思いつくまま書いていきます。講演内容の正確な紹介ではありません。)


『月』は2016年夏の相模原障害者施設殺傷事件に衝撃を受けた氏が、おのずと書き出していたというフィクションです。講演の最初のほうで辺見さんは「私たちもみな返り血を浴びている。私は血煙の内側で書きたかった」と言われました。本の表紙に月という文字から禍々しく散る血しぶきが、脳裏に浮かびました。


この小説を読み始めた時私は、レヴィナスの哲学などをも語る「きーちゃん」の饒舌な語りに、作者自身の思念を濃厚に感じ、現実の被害者との距離をどう考えたらいいかやや戸惑いもしました。


しかし辺見さんは、主人公の「きーちゃん」は愛を込めて描いたと言います。その愛というのはたしかにあって、私も読み進めるうちに、おのずと違和感は消えていきました。


事件についての作者のとぎすまされた解釈が、きーちゃんの「思惟」に込められています。ふたつは一体化しているのだと言ってもいいのではないでしょうか。


きーちゃんの饒舌な「思惟」は、かつて氏の死刑反対をつよく訴える講演で聞いた、「人は最後まで思惟する。その思惟を奪うことはできない」という主張の反映でもあるでしょう。昨夜の講演でも死刑の問題に触れられていました。


きーちゃんは、人に伝わる言葉を発することが出来ない。何かを伝えようとすると、動物の叫びのようになってしまう。しかしきーちゃんは「思惟」をつづけている。鋭敏な感覚と想像力をもって。人間の心をこえた存在の心のような深さと広がりで。


事件の被害者は、講演でも語られたマリオ・ジャコメッリの写したホスピスの老人たち、薄命で異様なすがたのカゲロウたち、死刑囚などと同じく、最も弱いもの、消えゆくものたちです。しかしかれらは見ています。「視線を下に下に下げて」かれらと見つめ合うこと。そこには「死」があります。「死が訪れて君の目に取って代わるだろう。」と、ホスピスの患者を撮ったジャコメッリの写真のタイトルにあるように。その時私たちもまた障害者であることを初めて思い出すでしょう。


なぜ私たちは相模原の事件について「思惟」しないのでしょう。事件の被害者である最も弱い者たちの「思惟」を感受出来ないのでしょう。相模原の事件の後で喧伝された「命の大切さ」「誰しも生きる権利がある」という言葉はむしろ酷薄で偽善で冷たいのだと、辺見氏は講演で言いました。


「「ヨシ」という言葉をご存知ですか?」そう、「与死」。この国の社会は脳死を判定し、出生前診断をし、死刑を執行する「与死」社会なのだと。それは深沢七郎が「楢山節考」で描いた、後続世代のために乏しい食糧を譲り渡すため、ある年齢を過ぎた老人は山に捨てられるという共同体と、何ら変わりはないと辺見氏は言います。老人なのに歯があることを恥ずかしく思い、自らを歯を砕くというあの主人公の老女は、排除を恐れて自らを傷める私たちのすがたでもあるのです。


「何故在ったか。無くても良かったろうに。何故在るか、無くても良いだろうに。」


辺見さんがつよく影響を受けたという中島敦「セトナ皇子」の一節。存在というものがじつは、意味とは関係なく仕方なくあってしまうものだという、若くして亡くなった作家の強烈な存在論です。私たちは共同体によって与えられる意味によって死をもたらされている。しかし無くても良いのに在るのはなぜか、というこの存在論に突き落とされれば、与死の社会は揺らぐ。その裏腹としての「命の大切さ」といった酷薄な言葉は消える。最も弱い者たちの思惟そのものを表現する新たな言葉が立ち上がる。


講演では次の石牟礼道子の言葉も語られました。辺見さんは石牟礼さんからも影響を受けたそうです。


「原爆のおっちゃけたあと一番最後まで死骸が残ったのは朝鮮人だったとよ。日本人は沢山生残ったが朝鮮人はちっとしか生残らんじゃったけん、どがんもこがんもできん。死体の寄っとる場所で朝鮮人はわかるとさ。生きとるときに寄せられとったけん。牢屋に入れたごとして。仕事だけ這いも立ちもならんしこさせて。」


「昨三菱兵器にも長崎製鋼にも三菱電気にも朝鮮人は来とったとよ。中国人も連れられて来とったとよ。原爆がおっちゃけたあと地の上を歩くもんは足で歩くけんなかなか長崎に来っけんじゃたが、カラスは一番さきに長崎にきて、カラスは空から飛んでくるけん、うんと来たばい。それからハエも。それで一番最後まで残った朝鮮人たちの死骸のあたまの目ン玉ばカラスがきて食うとよ。」

 

(石牟礼道子「菊とナガサキ被爆朝鮮人の遺骨は黙したまま―」)


今問題となっている徴用工訴訟、ヘイトスピーチ朝鮮学校無償化除外などの、あまりに残酷な実相がここに表現されています。日本の共同体は、少数派を排除する。「与死」する。辺野古の海にも、平和憲法にも、多数派とその傲慢で無思惟の「意味」は、こともなげに死を宣告する。そして殺されていく少数派の痛みをかえりみることはありません。なんとおぞましい「人間」社会と国家が続いて来たのでしょうか。


昨夜の講演のしめくくりに、辺見さんはどんなに醜くても怒り続けたい、と仰った。その言葉は、ともすれば多数派の共同体の論理にも、あるいは時には少数派自体にも映り込んだ共同体の論理にも負けて微笑んでしまいそうな、排除を恐れて怒りを手放してしまいそうな私に、とても大きな勇気をくれました。


個の怒りを手放さない。そこから個の思惟と言葉を生み出し続ける。デモや集会にはこれからも自分なりに参加しますが、個と個の関係を蘇生・創造することを願って行動していきたいです。


以上昨夜の講演の余熱の中で、雑駁でも発信しようと思い、書いてみました。NHKのカメラも入っていましたので、そのうち何らかの形でこの講演は放映されるでしょう。

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2018年12月3日付京都新聞朝刊「詩歌の本棚・新刊評」

   松村栄子『存在確率―わたしの体積と質量、そして輪郭』(コールサック社)は、一九九二年「至高聖所(アバトーン)」で芥川賞を受賞した小説家が、十代から二十代後半にかけて書いた詩をまとめた。「卒論はフランスの詩人のイヴ・ボヌフォワについてであり」、「いつか詩集を出すのが夢で、実は詩人になりたいと願っていた」という。収録されているのは「小説を書き始める直前の八九年頃まで詩篇」。確かに小説の場面のような詩や、小説へ展開しそうな発想や論理も散見する。対象との関係を描く筆力、自己を外から見る視点、存在と時間についての科学的・哲学的意識―。詩から小説への過程というより、小説と詩のはざまに息づく言葉の未知の生命に出会える詩集だ。
「綴っておくこと/言葉にできないことは多い/けれどそれでも/綴っておくこと/自分を こうして秘密裡に/記号化し 象徴化し歪曲し/それでもなお/綴っておくこと/わたしのために/わたしの愛したもののために/わたしを愛した優しさのために/*/嫌懈(けだる)いけれど/柔らかさと/ともに/いま わたしは/あぁ一分もしないうちに 雨筋は途絶えて/でも わたしは/いけると思う――生きて/嫌懈いけれど/腕の重さ/足の重さ/は/ひとの命の重さ/なのかもしれない と」(「それでもなお」)
 松川穂波『水平線はここにある』(思潮社)は、作者の豊かな知性と感性の海に育まれた小さな詩的真実が、無数の波頭のように燦めく。生と死についての鋭敏なイメージが、柔らかな語り口とノスタルジックな比喩で語られる。読む者はくすぐられるような幸福感の中で、生の喜びと死の悲しみの未知の姿に出会う。生と死のはざまには、詩でしか捉えられない人間の時空があることを教えてくれる詩集だ。
「金色の目をしたひと/いっぽん足のひと/ツノのあるひともいた/おのおの濡れた髪を光らせて/松林の彼方に消えた/記紀のなかに迷い込んで/神になったひともいただろう/誰も振り向きもしなかった/乗り捨てられた流木に/今日も火が放たれる/三本指 怒髪 曲がった脊椎 ちぎれた胴/生き物めいたくさぐさの記憶を/涼やかに焚いてしまう/もののあはれなど/もろともに/浜で拾った小さな木片は/てのひらほどのひとを/運んだものである/火にくべるまでもない/からり/骨の明るみに届いている」(「日向灘」全文)
 日高滋『窓景 サインポール讃歌』(編集工房ノア)は、昨年三月に亡くなった詩人の選詩集。長年京都で理容院を営んできた詩人は鏡、イス、鋏、前洗面などを巧みに詩の要素とし、生活者の目線で固有な詩世界を切り拓いてきた。詩人亡き後、残された言葉たちは詩の中で平和への希求をつよめているようだ。サインポールとはあの三色の縞模様が回転する円柱のこと。
「このごろテレビが/町を映さはる時/サインポールがとっても映えますやろ/今日のニュースなんかでも/ぱあっとサインポールが見えると/いっぺんに庶民の生活が息づいて/子どもが寄ってくる暮しが巡っていく/平和な町のシンボルゾーン/ぐゅんぐゅんばあくゅんくゅんぱあ/〈ここに人々が生活している〉/〈ここに人類が平和に暮らしている〉/〈ミサイルなんかくそくらえ〉/クリーンクリーンクリーン……/大空へ世界へ虹のテープをくり出し/宇宙へも発信するサインポール/このまま自然発進していって/大空に虹をえがく日が/あすにも来るかも」(「サインポール讃歌」) 

共に立つ夜(詩人会議2019年1月号)

共に立つ夜 

   ー伊藤若冲「伏見人形図」


                          河津聖恵


火の日 四条河原町交差点のマルイ前

集う人々の背後に人形たちが現れる

都の大火は歴史の彼方へ鎮められたが

人形たちはまちの辻々に散らばった

埋み火を拾っては食らい

二百年を超える命を繋いで来たらしい

火の日 つむじ風が夜の始まりを告げると

胸に火をかき立てられて人間たちは集まる

七体も忽然と現れ影のように共に立つ

だが火の声を放つ者たちは気づいていない

(まして鬼いばらのまなざしを

 幻想またたく宙に彷徨わせる通行人は)

人間は色鮮やかなプラカードを掲げ

人形は古色の軍配を楽器のように抱く

今を生きる人間は怒りと悲しみをあらわに訴え

見えない人形は目をほそめ布袋様の微笑で挑む

よりよい世を願う流儀はことなれど

かれらは一瞬入れ替わりもするほど同じだ

人形さえもそれに気づかず

煌々と明るい今に向かい漆黒の義の声を放つ

人間はふと首を傾げ目をこすりつつ

子供を守れ! 真っ暗な都に声々の火を投じる


昔という今、奉行の暴政に立ち向かい幕府に直訴し住民を救った代償に投獄され、相次いで非業の死を遂げた伏見義民七名。絵師はかれらを深く哀悼し穏やかに微笑む伏見人形として幾度も描いた。今という昔、透明な絵師は錦小路からふたたびやって来て、透明な絵筆で人間と人形が共に立つ姿を描き始める。歴史において立つ者は一人ではないと、巧くない字で款記(かんき)し、完成した絵をふうわりと放つ。つむじ風が起きる。思わず狐面を外し足元に落ちたビラを拾う誰かの心に、不可視の絵は密かに贈られていく。


若冲をめぐる連作「綵歌」

**行替えなどは紙面の通りではありません。


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2018年11月26日付「しんぶん赤旗」文化面・詩壇

「もし、あなたが、プライド守るために、その尊い拳を握ろうとしているのなら、ペンを持って握って欲しい。殴り書きから始まる詩が、確かにあるということを僕が証明していきたい。このなかなか、言うことを聞いてくれない、決して自由とは言えない身体で。」第4詩集『赤い内壁』(海棠舎)で、作者の須藤洋平氏があとがきに記した決意表明だ。
 須藤氏は1977年生まれ。「トゥレット症候群」と30年間闘ってきた。脳の神経伝達物質の異状が原因のこの病への、社会の理解は進んでいない。25歳で診断されるまで、氏はチック症状を誤解され虐めや暴力に遭うこともあった。プライドを傷つけられ死へ誘惑されつつ、生きる証として詩を書き続けた。
   冒頭の決意の背景には東日本大震災がある。南三陸町に生まれた氏は、近親者を含む多くの人の死を経験した。第二詩集で深い追悼から新たな生を模索し、第三詩集で悲しみと苦悩に再び向き合う。第四詩集で登場人物たちは皆どこか死者の気配だ。作者は死者の側に立ち、徒手空拳で生者の忘却と冷笑に立ち向かう。血や性や殺意というモチーフと文脈の飛躍と混乱から生まれる、傷ついた魂の声を上げるために。
「家畜のように辛抱強く怯えながら/破れたレースの前で歌え!/端から端まで歌え/焼けた喉の奥からどこまでも這ってくる臭い虫/さすればきっと、/カモシカも歌うだろう/みみずくを決して飛ばすな//やがて聞こえてくるだろう/やれ、乱脈した魂とやらが/糸を引く音が」(「ペンを取れ!」)
    苦悩の中で研ぎ澄ました言葉の切っ先が光る。自己を励ますことで他者を励ましている。記号性に頼りがちな現代詩に、直接性の火を鮮やかに放つ詩人だ。

私が選んだ鮎川信夫の詩2篇

「ふくい詩祭2018」のパンフレットに載った、私が選んだ鮎川信夫の詩2篇です。「死んだ男」や「アメリカ」も名作ですが、あまりよく知られていないこの2篇も素晴らしいと思います。「詩がきみを」は、シベリア抑留を体験した詩人石原吉郎の急逝に際して書かれたものです。「蹄鉄が馬を終わる」いう石原の逆説にならい、「きみが詩を」ではなく「詩がきみを」と表現しています。そのことで石原の死の本質を鋭く描き出し、石原の死を深く追悼しています。詩とは人間が主体となりうるような生易しいものではなく、みずからの発現のために人間を摩滅させ、使い尽くすものだー戦後をシベリア体験の重みに軋む驢馬のように生きた詩人の死の本質を見事に言い当てた詩です。「詩法」の「純粋で新鮮な嘘となれ」という逆説にも、同じ詩への思いがあるように思います。詩は人間がふりかざす真実など信じない、詩が宿るのはむしろ「純粋で新鮮な嘘」なのだと。そして第2連は、鮎川が孤独の中で反芻していた詩の倫理だったのではないでしょうか。

 

(1)「詩がきみをー石原吉郎の霊に」

 

あのとき

きみのいう断念の意味を

うかつにも

ぼくはとりちがえていた

生きるのを断念するのは

たやすいことだときみが言ったとき

ぼくはぼんやりしていた

断念とは

馬と蹄鉄の関係だ

と教えられても

レトリックがうまいなと思っただけで

蹄鉄が馬を終るとは

どういうことか

ついに深く考えずじまいであった

酒杯をかたむける

そのかたむけかたにも

罪びとのやさしさがあって

それがきみの作法だった

ぼくはうっとりと

自然にたいして有罪でない人間はいない

というきみの議論にききほれたものだ

きみにとって詩は

残された唯一の道だった

いつかみずからも

美しい風景になりたいという

ひたすらなねがいで

許されるかぎりどこまでも

追いもとめなければならない

断念の最後の対象だった

そしてきみが

詩を終ったと感じたのは

やわらかい手のひらで

光りのつぶをひろうように

北條や足利の美しい光景をすくってみせたときだろう

ぞっとするような詩を書き終えることで

断念の意味は果されたのだ

苦しんでまで詩を書こうとは思わない

きみにとって

もはや暁紅をかいまみるまでもなかった

死はやすらかな眠りであったろう

ぼくはきみに倣って

「きみが詩を」ではなく

詩がきみを

こんなにも早く終えたことを悲しむ

 

(2)「詩法」

 

生活とか歌にちぢこまってしまわぬ

純粋で新鮮な嘘となれ

多くの国人と語って同時に

言葉なき存在となれ

 

くるしい黙禱を

水漬く兵士の納骨堂に

きらめく感謝を

最も遠い天の梢へ