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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

2019年6月21日しんぶん赤旗文化面「詩壇」

  与那覇恵子詩集『沖縄から見えるもの』(コールサック社)は第1詩集。作者は沖縄の大学で長年英語教育に携わりながら、詩作を続けてきた。またほぼ同時に論集『沖縄の怒り―政治的リテラシーを問う』(同)も上梓した。後者は琉球新報沖縄タイムスの論壇へ投稿を続けたおよそ十年間の結実。両書は退職という区切りにまとめられた。

「人が人間社会に生きる限り、書くことはメッセージを伝えるがためであると考える」と詩集のあとがきに書く与那覇氏の詩は、基地を背負わされた沖縄に今生きる者だけが感受しうる(あるいは感受せざるをえない)痛みを、空や海の美しさと共に切実に伝える。どの詩も「弱々しく口ごもる真実を/黙って耐える真実を/言の葉の枯れ葉の下から/拾いあげるために」書かれた。日常が次第に非日常となっていく不気味さ、変わらぬ本土の差別意識への怒りとその戦前回帰の不安、沖縄の弱者にしわ寄せされる貧困。その中で作者にとって詩とは、安倍政権の語る「アベノミクス」や「平和」の空々しさを切り裂く、言の葉の命の輝きだ。

  詩集にあふれる詩への思いと、論集に満ちる安倍政権への怒りは深く繋がる。その底から聞こえる声―。「今日も きりきりと 爪を立て/沖縄の空を アメリカの轟音が切り裂いていく//切り裂かれた空から/したたり落ちる/血//傷だらけの空を抱えて/立ちすくむ/わたしたち」「沖縄からは日本がよく見える/と 人は言う//水平線のかなた/あなたのいるそこから/今/どんな日本が 見えているのだろう?」(表題作)「日本」を照らし出す沖縄の詩性の真率な輝きに、注目したい。

2019年6月17日付京都新聞文化面「詩歌の本棚/新刊評」

  某誌の改元記念号に、二人の詩人が寄せた皇室賛美の文章が一部で話題になっている。前衛詩人が抒情的な言葉で礼賛したことに衝撃を受けた人は少なくない。戦前の抒情詩人の多くは、自身の抒情を対象化する批評力を持たなかったために、やがては戦争詩を書くに至った。よもやとは思う。だが戦前への反省から批評性に重きを置いて出直した戦後の詩の原点を、あらためて振り返りたい。
 田中淑恵『若三日月は耳朶のほころび』(東京四季出版)の作者は装丁家豆本作家としても知られるが、その出発は中学生の時。やはり手製本を作っていた立原道造の「人魚書房」に倣い、架空の豆本の版元も設立する。著者自装の瀟洒な本詩集には、立原道造の凜とした抒情と響き合う、端正で知的な抒情詩が並ぶ。表題の「若三日月」とは新月を意味する作者の造語。文学の素養に裏打ちされた古風な日本語が、新鮮な傷口のように現在の時空に抒情を切り出す。巻頭作「白鷺」は、作者の追憶が鴨川の光景にまつわらせる幻想の陰翳が魅力的だ。
「濡れた窓ガラスには鳥の落書/Wenn ich ware ein Vogel! /翅のむこうに鴨川の水が透けて見える/新聞の色刷頁はローランサン/年の初めのとよめきを 風が夕闇にのせてくる//立方に濃縮された空間で/ほそい潔癖はポキポキ折れる/ひるがえる炎の舌にさいなまれ/折れた潔癖は匂いも高き灰となる//それは折りたたまれたむかしの日/はじまりがもう終りであった/遠からず朽葉のように死にゆく恋が/あてどない流れに降りたそのはじめ//落書の鳥は翔び去った/窓を開けると 川の対岸(ほとり)に/白鷺がひっそりとたたずんでいた日」
(全文)
 船曳秀隆『光を食べてよと囁く螢烏賊』(朝日カルチャーセンター)の作者はは、大阪の教室で詩作を学んだ。本詩集は十九歳からの十年間教室で作った詩を編んだもの。作者の詩の原点は、祖母の「お手伝いさん」を見舞った十代に遡るという。親愛なる他者の喪失は作者に深刻な危機をもたらした。だが作者はやがて詩作の力自体に、内部から発光する「詩の光」を見出す。螢烏賊は敵に見つからないように夜間は光を消し、昼間は周囲の光と同じ明るさの光を出す。それでも昼に敵に見つかった場合は、一瞬眩しい光を出して逃げる―。表題作はそのような螢烏賊に、作者自身や周囲の人々を見立てて書かれた。そう言えば戦争期を生きた立原道造も、最期まで「詩の光」をランプとして掲げ、深まる闇に対峙した詩人だった。
「光を食べてよ/と 海に沈んだ/螢烏賊の僕は/云う//螢烏賊が水を跨(また)ぐ/海底の螢烏賊は/静かに光りはじめる//光が水で 薄暗くなる/それでも/僕の光は/周りの群へと/澄み切っていく//仰ぐと/僕より明るい 近くの螢烏賊/見下ろすと/僕より暗い 遠くの螢烏賊/群から/遠ざかりすぎないように//僕は/螢烏賊たちの光に/眼を開く/螢烏賊たちの光を追想しながら/光をくぐる」(冒頭部分)
 彦坂美喜子『子実体(しじつたい)日記』(思潮社)の作者は歌人でもある。本詩集には、日本の詩歌がジャンルを横断する可能性を、「拡散増殖し生成し続ける子実体」のように無限に問いかけたいという思いがみちる。
「ふわふわと胞子飛び散り発芽して/黴が/世界を覆っていく日/密やかな/接合の後の子実体 どこにも/だれにもみられないまま/ままは何世代にもわたって/同じ人間を/培養している 家の くらやみ」(「発芽して」冒頭部分)

HP「詩と絵の対話」を更新しました。

HP「詩と絵の対話」を更新しました。

URLは以下です。

https://www.shikukan.com

 

6月のゲストは、装丁家の田中淑恵さん。田中さんは豆本作家としても知られます。詩集も二冊出されています。

 

今回寄せて下さったのは、戦前国文学徒として将来を嘱望されながら、国家によって命を奪われた松永茂雄・龍樹兄弟についてのエッセイです。田中さんが思いを込めて制作された松永茂雄の小説の豆本の写真(とても美しいです)も、トップとエッセイ末尾にアップしています。エッセイの末尾には松永兄弟の関連写真もあります。ぜひ多くの方々に二人の存在を知っていただきたいと思います。

 

なお、私も若冲連作詩「髑髏」と、その解説をアップしました。若冲の「髑髏図」に触発された詩です。こんな官能的でノアールな「髑髏図」をなぜ若冲は制作したのか、「解説」の方で私なりの推測も綴っていますがもちろん自信ありません。ご関心ある方はぜひお読み下さい。またご教示いただければ幸いです。

 

若冲詩と古賀春江の連載は毎月足並みを揃えるのはやや難しく、とりあえず隔月交互としました。ご理解下さい。

 

 

2019年5月27日しんぶん赤旗文化面「詩壇」

  今年の連休はテレビも新聞も改元一色だった。象徴天皇の退位と即位が戦後の一つの節目として話題になった、という以上の騒ぎだった。テレビに映る神を崇めるような人々の表情に不安を覚えた。象徴天皇制国民主権と共にあることを知らないのだろうか。
文藝春秋』5月号は退位を記念して「天皇皇后両陛下123人の証言」を特集する。天皇皇后と交流のあった123名の寄稿者が二人の「知られざる素顔」を描いている。美智子妃は詩を愛好し、詩人との交流の機会もあるとのことで、何人か詩人も名を連ねる。著名な詩人たちがエピソードを綴る。長年の交流にもとづき詩の好きな「普通の女性」の姿を伝えたものもある。一方「私たち日本国民はなんという優雅で深切な国母を持ち、皇室を持っていることか」とか「万物の立てる響きにお心をお寄せになる皇后陛下の詩心はとても深い」というように、二人の詩人の賛美に身を委ねる筆致には驚いた。企画自体がそうした態度を引き出しかねない類いのものであり、賛美する詩人たちが揃って1930年代生まれという背景もある。だが現代詩とは、戦前の抒情詩が戦争詩に向かったことへの反省から、詩自身と時代への批評意識を研ぎ澄ますことを存在理由として、出発したのではなかったか。
   こんな時代でも、いやこんな時代だからこそ、詩人は自分の思想を持ち、自分自身を刻々と対象化する言葉が必要だ。「倚りかかるとすれば/それは/椅子の背もたれだけ」(茨木のり子「倚りかからず」)という決意で、個を否定する空気の中でも凛と背筋を伸ばして書く。それが、忍び寄る美しくも危険な抒情に寄りかからない現代詩の姿勢だ。

HP「詩と絵の対話」更新しました。

お知らせです。

HP「詩と絵の対話 」を更新しました。ゲストはフィンランド在住のアーティスト清水研介さん。私は若冲連作詩(2)とその解説、「古賀春江の詩の海」(1)を書いています。ぜひご高覧下さい。

以下のURLです。

https://shikukan.com

本サイトでは絵と詩の関係を具体的なすがたで見ていきます。そこから詩とは何かへの新たな答えが、色とかたちを伴って鮮やかに描き出されることを期待してー。

 

 

 

2019年5月6月日付京都新聞文化面「詩歌の本棚/新刊評」

  最近一九七〇年代の詩や詩論を読む機会がなぜか多い。六〇年代の政治の季節以後失われた連帯を、内面を突きつめることで模索した言わば「内向の時代」。代表的詩人として「プロレタリア系前衛派」の黒田喜夫がいる。「詩は飢えた子供に何ができるか」という問いを、政治の次元より深く自身の心に潜む「飢えた子供」の問題として捉え直し、そこから幻想的な詩や斬新な詩論を生み出した。
 米村敏人『暮色の葉脈』(澪標)は第六詩集。作者は黒田氏との親交が深かった。黒田氏の著書『負性と奪回』(三一書房、七二年)に収録された対談は、吉本隆明氏の『共同幻想論』を鋭く批判する。また米村氏は著書『わが村史』(国文社、七三年)で、吉祥院(京都)の「村」での少年期の記憶と、黒田氏の「飢え」の思想に共鳴しながら向き合う。いずれも今の詩にはない、「実存」をかい潜った言葉の力に圧倒される。
「あとがき」の一節が印象的だ。「地上に言葉、地下に沈黙。その間に一本の荒縄が降りている。そこに私の詩もぶら下がる。」この「地上」は意識、「地下」は無意識か。あるい詩を書く自身を含む言葉を持つ者の場と、様々な意味で言葉を持てない者の場なのか。「荒縄」に詩が「ぶら下がる」イメージは、不穏に身体的だが、本詩集の詩の多くは、心の傷に触れるように感覚や記憶を遡って書かれている。実父母や継母の痛切な記憶、虫や葉への危うい共感。自身の「高所恐怖症」を遡る詩「高い高い高い」から末尾を引く。
「ついこの間/生まれて初めて/サーカスなるものを生で観た/演し物の最後にキリンが出た/五米余を下から見上げた時/ふと滑り台の恐怖が甦った/キリンよりずっと低いはずだが/あの頃の目線ではほぼ等しい/一瞬キリンの胴体を時間が遡る//姉からはぐれ/途方に暮れていたとき/私の脇を抱えて/背後から(高い高い高い)をしたのは/いったい誰だったのだろう/ふんわり持ち上げられた高さは/父親におんぶされた背中と/同じくらいの/安堵の高さだった」 
 病床の黒田氏の姿も描き入れた巻頭作「新聞紙(がみ)三態」も興味深い。
 荒木時彦『crack』(アライグマ企画)は小さな実験詩集。頁を開くとまず、各見開きのノドから広がる余白によって意識は亀裂を入れられる。すると番号を振られ左右の小口に寄った寡黙な詩行が、同時に目に入りふいに声を和すように感じられるのだ。「かかと」「夜」「雪」「欲望」などをキーワードとしつつ、この詩集のテーマは、レイアウト自体が体現する「crack(亀裂)」なのだろう。当然それは、作者の内面と日常の双方にも走っている。
「右足のかかとを落としてきてしまった。//数日前のことだ、たぶん。/夜を見失ってあわてていたとき。」(「1」)「饒舌が、かかとを苦しめたのかもしれない。」(「2」)「かかとが小さな欲望について行く。/夜は巻き添えにされただけだ。」(「14」)「多分、その小さな欲望は、/オレンジ・ピコーのようなものだ。」(「15」)「小さな欲望の残りかすのせいで、/紅茶の葉は未解決のまま。」(「16」)「椅子に座る午後。/クラック/亀裂(が走る)」(「17」)
 リジア・シュムクーテ詩集『煌めく風』(薬師川虹一訳、竹林館)も、異国で生きるリトアニアの詩人が感受する、甘美な「飢え」と「亀裂」を見せる詩集だ。
「ウズピスは/ヴィリニュスの風説の壁//街角を曲がれば/蜘蛛の巣が/不安
げに待ちうける//屋根の花は枯れ//一つの夢が飢えから生まれる」(「ウズピスは」)

2019年4月22日しんぶん赤旗文化面「詩壇」

  3月11日を奥付に記す中村千代子『タペストリー』(グッフォーの会)に深い感銘を覚えた。タペストリーとは室内を飾る西洋の織物。機で絵柄を織り出し、完成まで何年もかかるものもある。作者は長い歳月をかけ死者たち(作者もまた大切な人を失ったのか)の蘇生を祈りつつ、20篇の被災地の幻想の情景を織り上げた。思考と感情の縦糸と繊細な日本語の横糸で。
「萌生の湿地はしろい水域をひろげ/止むことのない粒子が春を阻んでいる/とじられた錆びの柵戸をゆさぶって/真昼の月を劈く/消滅してゆくものが視ている凪ぎの海/目の臥せを縫いとってゆく灰/弔鐘は最後の耳を塞いで/背骨の海を撓ませる」(「1」)

  放射性物質を「止むことのない粒子」と表現することで、作者は詩の矜持を守った。この詩集の修辞がやや難解なのは、一語一語に長い歳月の悲しみを込めたからだ。なぜ多くの人が死なねばならなかったか、故郷を去らねばならなかったかという問いへの答えを、言葉を尽くし模索したからだ。
  原発事故に土地を奪われた人と牛の姿。「噛み返しの涎をいくすじも垂らしてうごかない/背を拭き背を撫で無言をこぼして/牛を牽いてゆくひとは/草の地を牛の地を捨てなければならない/風は杙のあたりに冬の実をよせている/まぼろしのような生に/ひと鞭を放ってたち竦む/塔に灰はふりつづけ/草がみだれても廃墟になりえず/おおいつくす灰の積み荷」(「5」) この後牛は河口を下り、人は天を仰ぎ牛追い唄を聴く。
  細部までもが魂のプリズムを通し描かれる風景は、やがて蘇生の場となる。復興の掛け声が席巻する中、このような詩が密かに書き続けられていたことに救われる思いがした。