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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

詩論集『「毒虫」詩論序説』書評⑦

先程「現代詩手帖」10月号の福田拓也さんの評を紹介しましたが、同号には宮尾節子さんの書評「翅毟り、詩撃ちー河津聖恵『「毒虫」詩論序説』」も掲載されています。「翅毟り、詩撃ち」という大変印象的なタイトルに込められたものは、まさに私が言わんとする「毒虫」の姿です。以下末尾部分です。

「私は河津が「鶴の恩返し」の鶴のように、自らの想像の羽を毟り、 さらにその羽で錦を織ることすら放棄して、ただ深く贖罪にこうべを垂れて彼の国の人に寄り添う姿を幻視する。
 植民地支配や侵略戦争という蛮行の始まりに、「優しい歌として、親しみやすい小 学唱歌や童謡、叙情歌として」隣国人や日本人に受け入れさせ、陶酔させ、魂を骨抜きにしていったのが詩歌であることを思い知れば、私は思う。河津のよう に蝶を捨 て、我が陶酔の翅毟り、 我が身の詩撃ち、 時を遡って地に這い、毒虫たらんとすることこそ、詩人たらんとする矜恃に他ならないと。 」f:id:shikukan:20200928142617j:image

詩論集『「毒虫」詩論序説』書評⑥

現代詩手帖」10月号の詩書月評で、福田拓也さんが『「毒虫」詩論序説』について評して下さいました。黒田喜夫や清田政信をめぐる煩瑣な文脈が、タイトルの「毒虫」と照らし合わせて的確に辿られています。末尾の以下の一節に背中を押されて、『序説』の先を進もうと思います。

「明らかに3.11以来のナショナリズム的傾向に抗して始動したものでありながら民主主義的・人道主義的言説には決して還元され得ない河津の思考は、詩の声と言葉の発せられる「毒虫」的位置という現代詩の根本問題についての思考でありつつしかもそれを 現今の政治的傾向や歴史的文脈と不可分な形でなしているという点で稀有なものであり、詩についての現在最も信頼に値する批評的思考となっている。」(末尾部分)

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詩論集『「毒虫」詩論序説』書評⑤

Facebookの友人の梶野聡さんが書評をウォールにアップして下さいました。本書全体の文脈を、非常に的確かつ綿密に追いつつ、第三詩論集『闇より黒い光のうたをー十五人の詩獣たち』からの大きな流れの中で捉えて頂いています。作者の私も我が意を得たりという以上の秀逸な評です。どうぞお読みください。

 

河津聖恵『「毒虫」詩論序説 ― 声と声なき声のはざまで』ふらんす堂,2020

 

           梶野聡


 2015年8月末、わたしは/も国会前にいた。どこの「団体」にも加わることはなくひとりで意思表示に行ったのだが、河津聖恵と同じように「現場だからこそ感じうる違和感や孤独感、そして暗い予感に向き合うこと」となり「シュプレヒコールに同調することをためらう声なき声」を感じた。タイトルにある「毒虫」については著者のブログ「詩空間」(http://shikukan.hatenablog.com/)に詳しいが、毒虫となったザムザが迎えた「ある朝」と、安保法が可決し殆ど眠れぬままに著者が迎えた「あの朝」とは不可分の関係にある。

 河津はこの四冊目となる詩論集に先立つ2015年1月に『闇より黒い光のうたを ― 十五人の詩獣たち』を藤原書店から上梓している。そのエピローグで十五人の詩人について

「かれらはこの世の現実に対し、そもそも生の始まりで敗北している。詩が本質的にこの世の言語秩序にあらがってうたおうとするものであるかぎり、敗北は必然である。だが眼を凝らせばその敗北の生には、現実を超えたもう一つの生の光がまつわっている。光はまるで勝利への祝福のように、かれらに絶対的なかがやきとそれゆえの陰翳を与えている」と記した。

 本書ではそれを受けるかのようにして「論考」が始まる。

「詩は『毒虫』の声の側にある。正確には『毒虫』の中の人間の声、つまり毒虫化した世界によって、人間のものだからこそ通じないもの、『毒虫』のものとされてしまう声の側にある。そもそも現代詩とはそのようなものだった。うたいたくてもうたえない。だから結局は『ひっかくように書く』(カフカ)しかないものだった。そのような現代詩の『毒虫性』こそが今、私の脳裏で夜光虫の美しさと深海魚の神聖さを帯び始める。」

「論考」で登場する詩人は、連帯が硬直化するなかで一人一人が孤立する覚悟だけが可能にするしなやかな未知の連帯、「醜さ」ではないこの国を覆う文化と人の心におのずと巣食う無力感と諦念である「寂しさ」に対峙する「美しい」連帯を求める茨木のり子であり、詩は虚の中に世界を実現しようとする意志であり、詩人とは生活の空白の中に〈物〉を顕現させる反逆の、秩序の外の人間であるという「反共同体」の意志を貫き、この深さと豊かさを求め続ける永遠の若さを体現した沖縄の詩人清田政信であり、大和王権以来の共同体があらゆる「夷狄」に要請する「響和」の引力から身をもぎ離し、「一人」という「夷狄」の実存の〈うた〉をきわめるために時空を遡ることで、「亡滅」した者たちの無声が集まるまったき反共同体あるいは反引力としての〈うた〉にその根源を求めた黒田善夫であり、今もなお戦前と違わず何もかもを霧のように曖昧な情感に押し流してしまう日本の共同体性に、すぐれて現代的かつ物質的な日本語を差し入れることで報復を果たそうとする金時鐘であり、一貫して戦争に向き合うのと同じ姿勢で詩に向き合い、詩に向き合うのと同じ姿勢で戦争に向き合いながら「泥のようなニヒリズム」によって黒曜石の煌めきを与えられた言葉で戦争を不問にする戦後の闇を射しつらぬく高良留美子である。

 河津の清冽とした文は、それが「引用」であるのか、一連の作品であるのか曖昧となる程に厳格であり全体として力強い「詩」を感じさせる。

 「エッセイ」では、一枚の栞の縁取りの硬質ながらも壊れそうに危うく煌めく銀線と、引き揚げ船の黒いシルエットに、石原吉郎だけの生の時間が、煌めく銀線のように石原吉郎だけの死の時まで続いたその孤立した線の軌跡の行方をいまの「あらがい」に重ね、また「死ぬ日まで」「死ぬ日にさへ」生まれた時から世界大戦に巻き込まれ、つねに死の予感に晒されていた立原道造尹東柱の「場」― 立原は長崎の友人宅で結核のために、尹は旧福岡刑務所で亡くなった ― に自らが立つことによって、ふたりの生は闇に消えたが、短い生涯をかけてかけがえのない光跡を残し、今も光を求めて旅をしていると確信した。

「二月は不思議な季節です。冬が立ち去ろうとしながら、春は来ることをまだためらっている。光は風に煌めきながらも、そこに温かみはない。まるで真空のような季節のエアポケットです。」

 紛う方なきこの「詩」で始まる、茨木のり子尹東柱の「生」の関りのエッセイはまた二月を巡っての「詩」で終わる。

「二月の真ん中には美しい双子の星が煌めいている。そう意識して見上げれば、空から詩の力が汲まれたように、枯れ木や川の冷たい水も不思議な輝きを放ち始めます。」

 四番目のエッセイ「『世界』の感覚と動因 ― 解体を解体する『武器』を求めて黒田喜夫を再読する」はやや異質である。「論考」に置かれても遜色のないこの稿は「黒田喜夫の世界性を問いなおす」という要請と、それに「応答しようとして私の中で動き出すのは、歴史や政治や哲学の次元ではない。黒田喜夫という人間の生と詩を根源から考え抜こうとした詩人に向き合う時、ある歳月をかけて詩というもう一つの時空に生きて来た、私自身のもう一つの身体が身じろぐ」ことで立っていく。以降、例外なく「世界」は括弧つきで表記される。『燃えるキリン』の書評では世界に括弧は付されていない。与えられたテーマ、特に「世界性」という反詩的な語彙に著者は違和感を持っているのではないがろうか。しかしその不自由さの中にありながら「空想のゲリラ」、「燃えるキリン」の黒田が正確に語られる。著者も間違いなく「『毒虫』のものとされてしまう声の側」にあるのだ。エッセイには他に「共に問いかけ続けてくれる詩人」として石川逸子が聴き取った「慰安所」で日本女性の名を付けられ、朝鮮語を話すことも禁じられた『少女2』が死ぬ間際にただ一度ようやく祖国の言葉をつぶやくことができた(さようなら)と、獄死する寸前に朝鮮語らしき叫びをあげた尹東柱を重ねる。

 書評では9冊(正確には10冊)の本が紹介されている。なかでも「日本人が聞き届けるべき問いかけ ― 金時鐘『朝鮮と日本に生きる』岩波書店」のなかで「思いのつよさのために長めにもなる一文一文の言い回しや文体は、時に詩的直観をきらめかせ、雅な香りさえ漂わせる。読者はイメージや映像によって想像力を自由に飛翔させることは出来ない。詩人の言葉の力によって、浮かび上がる「原像」におのずと向き合わせられるのだ。だがその類い稀な日本語の力が、植民地統治、解放、四・三事件を生き抜き、今詩人として『在日を生きる』実存の葛藤によって、鍛えられ育まれたものであることを忘れてはならないだろう。」と優れた詩人の散文が優れた詩人の書評としてどう浮かび上がってくるのかを示してくれる。

 時評では「表現の不自由展・その後」「京都朝鮮学校襲撃事件」にも深く触れられている。


 そしてこの本を次の文で締める。


「黒田の他に本書で取り上げられた詩人たちはみな、「毒虫」たらんとした人々である。かれらの言葉もまた言語体系の水槽の中を彷徨うかのように見えるが、今その眼はたしかに光っている。何を訴えているのだろう。どんな感情にみちているのか。いずれにしても私が光に気づけたのは、闇の深まりがあったからである。本書の各文章を書いている間、詩人たちの言葉の輝きを自分自身の言葉で慈しみながら、私は無数の小さな希望に射抜かれていたのだと思う。」