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詩空間

河津聖恵のブログ。この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

詩「メドゥサ」(思想運動875号掲載)

メドゥサ
                              河津聖恵

いつからかそこに
メドゥサは砕かれた額をもたげていた
私たち自身の��破壊そのもの�≠フ吐息が
ことばにならない泡を紡ぎながら
海の底から重く重くあふれだしていた
生まれたばかりの��彼女�≠ヘ怒りも喜びもなく
ただ盲目の無の使いとして沈黙を続けていた
ひそやかなその誕生を
本当に誰も知らなかったか
いや、誰もが瀕死の魚のように
みえない鰭の端で感じていたのではないか
(かつて私たちは魚だった、鳥だった)
深海にひそむみずからの喘ぎを
聴き取ろうとしなかっただけではないか
遥か陸上に冷たい粘土の身体を横たえ
鼓動させるだけで精一杯だったとでもいうのか
だが海深くから砂埃をあげてもがく
真実のいのちの苦しみがたしかにあった
私たちは共振するように
夜ごと 凶(わる)い夢を見続けていたではないか
(火の夢を見た、鉛の夢も見た)
眠っている間(ま)も
月に照らされた不眠の海を
甲冑姿の死神たちは無へと凱旋行進していた
槍の先に「星を歌う心臓」を突いて掲げ
黒い空の血を浴びながら 死の歌を
木製の声で高らかに歌い上げた
眠る私たちから夢の海へ燃え墜ちていったのは
流れ星ではなく
私たちと世界をつなぐ胞衣(えな)
夢の光も届かない底へ渦巻き吹きだまる
愛や希望や信頼という名さえも腐乱させた嬰児たち
それらはよるべなく抱き合いながら「そのとき」を待った
私たちの幾千もの夜が縊り殺した善き神々もまた
闇の血潮に乗り そこに流れ着き
蛇や鳥や犬の胴に食い込む不信のロープを外し
お互いをきつく結び付け直して「そのとき」を待った
待ち望むでもなく、恐れるでもなく、ひたすら待った
破壊されたすべてが��破壊そのもの�≠ニして一つになり
ふたたび漆黒の生命(いのち)ごと迫り上がる
時の超新星爆発

��そのとき��

闇の叫びは奪われ 死の叫びさえ凍りついた
空がかつてない残酷な閃光をあげ
世界はやっと気づいた
自分自身がもはやとめどなく狂ったメドゥサの機械であることを
水という水が「私たち」の手負いの傷に苦しみ
風という風が魂の皮で出来た痛みの旗をはためかせていることを
いつからか、なぜか──
問う暇もなく
まったき無根拠の深さで溺れてプレートを踏み外し
轟音とともに世界は
世界自身の悪意へと無限に身を委ねてしまった
青い死のまなざしは未来へと向けられ
ヒュドラはメドゥサの額から陸へ解き放たれ

三月十一日午後二時四十六分──

コノ国ノタマシイカラ封ジ込メラレテイタスベテノ悲鳴ガホトバシリ
人々ハ硝子ノ橋ノ上デ立チ尽クシ石ノバベルハタチマチニ崩レ落チタ

*メドゥサ 古代ギリシア神話に出てくる怪物。見るものを石にする力を持つ。頭は無数の毒蛇。
ヒュドラ 水蛇