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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

2022年9月19日京都新聞文化面「詩歌の本棚・新刊評」

 詩は他者はどのようにして描くのか。詩は孤独な独白であるが、それゆえ他者をつよく求める。日常の次元を超え、他者の魂と直に交わりたいという純粋な思いが詩を書かせるのだ。孤独の深まりの中で研ぎ澄まされた言葉が、他者の本質的な姿をつかむ。
 上野都『不断桜』(コールサック)の表題は、晩秋から冬の終わりまで咲き続ける桜。世界の危機の下でなお詩を書き続ける意志が込められる。作者の孤独な独白はつねに他者と共にある。他者とは具体的な誰かというより、「揺れもせず/叫びもせず」「しんしんと歳月の淵に立つ真冬の桜」に象徴されるような、世界の一隅で密かに苦難に耐える全ての者たちだ。とりわけ戦時中に治安維持法で京都で逮捕され、解放直前27才で亡くなった詩人尹東柱。韓国語の翻訳者でもある作者は、2015年彼の唯一詩集『空と風と星と詩』(同)を訳し上梓したが、そのうちの2篇への「返し歌」を本書に収める。例えば植民地下の朝鮮で自分自身を見失った 喪失感を表現する詩「道」への返歌。作者は、何十年もの間「道のこちら側」で「あなた」を失ってきた孤独をうたう。
「なくしたものほど重いと/言いわけがましく 忘れもしながら/もう 何十年も あなたを待っている//いつかは待てなくなる 道のこちら側/長い影を引く閉じた鉄の門/立ちすくんだまま/わたしを計りながら まだ//手が冷たい/言葉が冷たい//見あげた空から/こぼれてきた薄い日射し/私の影を刺す白い切っ先//くり返す生と死を結ぶ 朝と夜/こちらで待つ/向こうで生きるなら//あなたが無くしたものを言葉にできたら/もっと もっと/あなたの歩いた道をなぞるペン先に/ふたつの国の言葉を載せて/あなたを待つことができるものを。」(返し歌「『道』の向こう」全文)
 李美子『月夜とトンネル』(土曜美術社出版販売)は、在日2世である作者の記憶にある、かつての在日社会のざわめきやぬくもりを鮮やかに蘇らせる。多くは今はいない他者たちの、そして彼らと共に生きた作者自身の命のあふれる詩集だ。作者は記憶から蘇る声と沈黙を自然な形で書き入れ、かけがえのない他者たちの命そのものを定着させた。世界の片隅で生きる他者たちのまなざしと、彼らがまなざしていた風景のいとおしさー。
「こどもらの登校する道にほうせんか/秋風を待って赤い花をいっぱい咲かせた/マスクが気になるこどもら/前だけ見て足もとには気づかない//イオは決めている ネイリストになる/手のつめの化粧をほどこす人に/ちいさなつめに 空と雲と枯葉を/イオの思いを描いてみたい//親友の里奈ちゃんはふしぎそう/成績のいいイオがなぜなのだろう/うちの母さんは許してくれない 口癖は/あなたはいい学校に行かなくては だもの//イオのハルモニが少女だったころ/ほうせんかを小さな布でゆびさきに巻いて/そおっとして ほどくと赤いきれいなつめに染まっていた/シワいっぱいにハルモニは笑った//垣根に咲いたほうせんか/さびしいおまえのすがた/『ほうせんか(ポンソナ)』をうたってくれた/ハルモニの朝鮮語をイオは知らない」(「ほうせんか」全文)
鎌田東二『絶体絶命』(同)は世界の危機への神と人の怨嗟の声に満ちる。「口にしたくてももはやのみ込むものはない/出てくるのはうめきとなげきのみ//嗚呼 憶宇 狐嗚/交差するエリ・エリ・レマ・サバクタ//エリ エリ レマ サバクタニ/襟 恵理 霊真  砂漠谷」(「星くずスクエア」)