京都新聞朝刊に載っていた鷲田清一さんのエッセイ「『いぬ』ということ」に心打たれました。
「いぬ」とは「往ぬ」、「去ぬ」、つまり「行ってしまう」、「去る」、ひいては「死ぬ」という意味の古語の動詞です。
関西弁では「いなれる」という受け身でまだ残っているそうです。関西に住んでもう長い私は初めて知りました。「死なれる」という意味です。「大事に人を喪った、わたしが独りとり残された、という思いが貼り付いている」言葉だそうです。
「いぬ」の受け身の「いなれる」。つまり自動詞の受け身ですが、日本語の特性として自動詞が受動態になることがあります。その端的な例は、「あいつに死なれた」という痛恨の思いや、「そばにいられて困った」という迷惑の感情など、「他人がとりかえしのつかないことをしてくれたという思いが、まさに受動態で語りだされる」のだと鷲田さんは説明します。
私が「いなれる」を知らなかったのは、関西弁が不自由だからだけでなく、この関西の地において「いなれる」体験が少なかったからでしょう。(鷲田清一さんは、かつて私も授業を受けたことがありますが、柔らかな関西弁が印象的でした。このエッセイも鷲田さんの魂にしみこんでいる関西弁のニュアンスからの、鋭い発想だと思います。)
今回の震災で親に「『いなれた』子の心持を思うとあまりに痛ましい」とした上で、鷲田さんはこう書きます。
大人のばあい、あの人が逝ってわたしが生き残ったが、その逆もありえたずだという思いをどうにも断ち切れないだろう。わたしがここにいまいるのは、偶々のことにすぎないという思い。わたしがまだ生の側にいるのはわたしのせいではなくて他人が代わりに死んでくれたから。だから、わたしの生はわたしだけのものではない。だから、残ったわたしの生は他人に棒げられるべきものである。…‥。そのような感覚のなかから、供養や奉仕への心持ちも生まれてくるのだろう。
ちなみに「いぬ」は、その場を辞去する、つまり家に帰るという意味にもなる。あっちに行くことは結局はこっちへ帰ることだということであろうか。不気味なものとはじつはかつてもっとも親しんだものであるというフロイトの説からすれば、死ぬとはおのれに帰ることだということになる。さすれば、ここにいるこの〈わたし〉は、じつはおのれの蜃気楼のようなものだということになる。
今、「いなれる」という痛苦にさいなまれている人々のことを思うと、胸がふさがります。
それとは比べるべくもないですが、しかし
今私が吸う春の空気にも「いなれる」という感情が
ごく微量に、しかしたしかに入り交じっていのではないでしょうか。
今爛漫と咲きほころぶ桜が、こんなにも異様なほどいとおしいのだから。
見上げるひとつひとつの花が、
あちらから見下ろす無数の〈わたし〉のまなざしのようにも思えたりするのですから。