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河津聖恵のブログ 「詩空間」

この世界が輝きわたる詩のプリズムを探しつづける。

石原吉郎「五月のわかれ──死んだ男に」

 鹿野武一は抑留生活の後遺症で肝臓を病み、治療を受けながら薬剤師として働きました(一方で鹿野のように手に職のなかった石原はシベリア帰り=「アカ」といわれ、職を得るのに苦労したようです。
 しかし鹿野は昭和三十年心臓麻痺で急逝します。ショックを受けた石原は次のような詩を書きます。鹿野へのオマージュです。「よるひるの見さかい知らぬげに/あかあかもえつづける/カンテラのような/きみをふりむくことももう/できないのか」という一節からは、石原にとって鹿野という人間はいかなる存在だったのかが、痛切に伝わってきます。

五月のわかれ  ──死んだ男に

                      石原吉郎
右手をまわしても
左手をまわしても
とどかぬ背後の一点に
よるひるの見さかい知らぬげに
あかあかもえつづける
カンテラのような
きみをふりむくことももう
できないのか
なんという
愚鈍な時刻のめぐりあわせが
ここまでおれを
せり出したのだ
風は蜜蜂をまじえて
かわいた手のひらをわたり
五月は おれを除いた
どこの地上をおとずれるというのだ
ああ 騎士は五月に
帰るというのか
墓は五月に
燃えるというのか
耐えきれぬ心のどこかで
華麗な食卓が割れるというのか
皿よ 耐えるな
あざやかに地におちて
みじんとなれ青い安全灯
ああ 五月
猫背の神様に背をたたかれて
朝はやくとおくへ行く
おれの旗手よ