23日から24日にかけて紀州・熊野に行って参りました。
短い時間でしたが、白浜と田辺をめぐりました。
今回も彼地の詩人、倉田昌紀さんに案内してもらいました。
23日の夕方には田辺市立美術館で、
「原勝四郎の日本画」という展覧会を見ました。
原勝四郎は、私の詩集『新鹿』でその油彩画「江津良の海」(宿は写真のこの海のそばにとりました)を使わせて頂いた画家で、
3月初めに同美術館で講演「原勝四郎が放ち続けた詩の光」と題して講演もさせて頂きました。
田辺出身で白浜を描き続けた画家です。
骨太な描線で、対象から受けた波動を直裁的に見事に表現する
郷土に根ざしたフォーヴ、外光派とも言える斬新な作家です。
日本画は余技だったとのことです。戦争期と晩年に筆をとっています。
しかしやはり型破りな原は、日本画に定型的な題材の描き方ではなく
下絵なしでいきなり筆を下ろすことが多かったようです。
もちろんきちんと観察もスケッチもしています。
墨にもよく見れば緑やピンクが混じっていたり
ひそかにダイナミズムをしのばせている。
学芸員の三谷渉さんには特別に解説までして頂き、
私にとって原勝四郎の世界がさらに立体的となりました。
これまでの油彩画の展示会でもそうでしたが
原の絵は一点一点、私をその前に佇ませてやみません。
この数年画家の日記や生きた歴史や白浜での足跡を辿ったからでしょうか。
あるいは
2007年からこれまで10回以上紀州・熊野を訪れ
その自然や文化や人間と交感したことで
原勝四郎の美的細胞の一つ一つに滲みていたものが
いつしか私の中にも感じ取れるようになったからでしょうか。
紀州・熊野は私の故郷ではありません。
私の故郷は東京です。
だからといって私にはあらかじめ故郷がないと言えるのか、
あるいは故郷を故郷としてまだ見出すことができないだけなのかも分かりません。
いずれにしても紀州・熊野はこの故郷を愛する人にとっての故郷なのですが、
そうした人々の言葉や感性やまなざしを借りることで
私はまぼろしの故郷を手に入れているということでしょうか。
それとも
故郷を愛するという他者の欲望によって触発されることで
ようやく自分自身の故郷に向かおうとしているところなのでしょうか。
とにかく今回も彼地の美しい自然と「故郷性」に抱かれ
しっかり癒されることができました。
なお写真下は、江津良の海岸にある、とても珍しい「さざなみの化石」です。これを見るたびに自然は浪漫主義者だなとつくづく思います。