大西昭彦『狂った庭』(澪標)は、世界の片隅で生きる弱者たちの気配を、的確な描写と巧みな比喩で、読む者の感覚の深みに伝える珠玉の一集だ。 作者は映像プロデューサーでもある。ユーゴ内戦や阪神・淡路大震災を取材した。本詩集には作者が出会った同時代を…
一昨日に行われたヴィジュアルポエトリーパリ展のオープニングで朗読しました。作品は4点出しています。 朗読はベルリンのフランツ奈緒子さんにフランス語訳を、私の日本語に一部重ねるように読んでいただきました。 フランツさんとは、2012年大飯原発再稼働…
今現代詩の存在意義が見えにくい。書店の詩の棚はもはや短詩型が主流だ。社会の急激な変化に人々が抱く危機感に対し、このジャンルは応答が遅れているからだろう。個人の物語に閉ざされた詩も漫然と増えているようだ。だがそもそもは現代性を根拠とするジャ…
長田典子『ニューヨーク・ディグ・ダグ』(思潮社)は、2011年から2年間米国に留学をした体験の結実だ。異文化との葛藤、日米双方への違和感といったテーマと共に、作者は自分自身の苦悩と向き合っていく。幼年期のDVのトラウマ、来し方への自省、愛への疑念―…
『薔薇色のアパリシオン 富士原清一詩文集成』(京谷裕彰編、共和国)は、戦前日本のシュルレアリスム運動の中心にいて、知的で幻想的なすぐれた作品で注目されながら、一冊の詩集も出さず1944年、36歳の若さで戦死した詩人の全体像を明かす貴重な一書だ。 シ…
HP「詩と絵の対話」を更新しました。 URLはhttps://www.shikukan.comです。 今月のゲストはヤリタミサコさんです。視覚詩の実作者としての体験から大変興味深いエッセイを書いていただきました。これまで日本と世界の視覚詩の歴史と交流などはなかなか知られ…
今の時代と一九三〇年代は似ていると言われる。技術や産業の発展、大衆消費社会、不況と格差の拡大、民主主義の機能不全、排他主義と戦争の足音―。最近シュルレアリスム関係の詩書の出版が相次ぐのも、偶然ではないだろう。一九三〇年代に興隆した日本のシュ…
『新国誠一詩集』(思潮社)が出た。新国は1960年代から70年代にかけて「視覚詩」を独自の方法論で切り拓いた詩人だ。当時国際的にも高い評価を得ていたが、死後は言及が少なくなっただけに、今回の上梓を喜びたい。 視覚詩とは、文字の形や配置などで視覚性を…
『二十歳の原点』の作者高野悦子さんが亡くなって今年で半世紀。栃木の詩誌「序説」第26号所収のエッセイ高橋一男「京と(6)」を読んで気づいた。故郷が栃木だったことも。同時代に青春を送った高橋氏は「永遠の憧れの対象」の残像を追い、京都の街を電…
かつて現代詩の舞台の多くは、都会としての都市だった。都市の現象や文化が、問題性も含めて現代性の象徴と目されたからだ。都市の孤独を享受する言葉が、輝いて見えた時代も確かにあった。だが今はどうか。 二十年ぶりに詩活動を再開した山本育夫の、『田舎…
与那覇恵子詩集『沖縄から見えるもの』(コールサック社)は第1詩集。作者は沖縄の大学で長年英語教育に携わりながら、詩作を続けてきた。またほぼ同時に論集『沖縄の怒り―政治的リテラシーを問う』(同)も上梓した。後者は琉球新報と沖縄タイムスの論壇へ投稿…
某誌の改元記念号に、二人の詩人が寄せた皇室賛美の文章が一部で話題になっている。前衛詩人が抒情的な言葉で礼賛したことに衝撃を受けた人は少なくない。戦前の抒情詩人の多くは、自身の抒情を対象化する批評力を持たなかったために、やがては戦争詩を書く…
HP「詩と絵の対話」を更新しました。 URLは以下です。 https://www.shikukan.com 6月のゲストは、装丁家の田中淑恵さん。田中さんは豆本作家としても知られます。詩集も二冊出されています。 今回寄せて下さったのは、戦前国文学徒として将来を嘱望されなが…
今年の連休はテレビも新聞も改元一色だった。象徴天皇の退位と即位が戦後の一つの節目として話題になった、という以上の騒ぎだった。テレビに映る神を崇めるような人々の表情に不安を覚えた。象徴天皇制が国民主権と共にあることを知らないのだろうか。 『文…
お知らせです。 HP「詩と絵の対話 」を更新しました。ゲストはフィンランド在住のアーティスト清水研介さん。私は若冲連作詩(2)とその解説、「古賀春江の詩の海」(1)を書いています。ぜひご高覧下さい。 以下のURLです。 https://shikukan.com 本サイトでは…
最近一九七〇年代の詩や詩論を読む機会がなぜか多い。六〇年代の政治の季節以後失われた連帯を、内面を突きつめることで模索した言わば「内向の時代」。代表的詩人として「プロレタリア系前衛派」の黒田喜夫がいる。「詩は飢えた子供に何ができるか」という…
3月11日を奥付に記す中村千代子『タペストリー』(グッフォーの会)に深い感銘を覚えた。タペストリーとは室内を飾る西洋の織物。機で絵柄を織り出し、完成まで何年もかかるものもある。作者は長い歳月をかけ死者たち(作者もまた大切な人を失ったのか)の蘇生を…
詩と絵の間にある豊饒な関係に、詩作品、論考、エッセイで分け入るHP「詩と絵の対話」を開設しました。以下のURLです。 https://shikukan.com ここでは絵と詩の関係を具体的なすがたで見ていきます。そこから詩とは何かへの新たな答えが、色とかたちを伴って…
一九九八年一月に享年四十九歳で亡くなった詩人・小説家川上亜紀氏の新刊小説・カシミア』(七月堂)が出た。川上氏が所属した詩誌『モーアシビ』(編集発行人白鳥信也)も、別冊で追悼特集を組む。 学生時代から難病と闘いながら書き続けた。上記の他に詩集は…
ここ最近、ある絵師の絵をテーマに連作詩を書いている。試しに一つ作ってみると面白くなり、いつしか連作になっていた。絵という無言のものに、言葉でぶつかっていく時の解放感。絵の強烈なイメージの力に揺さぶられ、言葉におのずと新たな生命力がもたらさ…
昨年10月詩人・仏文学者の入沢康夫氏が亡くなった。宮沢賢治やネルヴァルの研究、詩集『ランゲルハンス氏の島』『わが出雲・わが鎮魂』などで知られる。1980年代に現代詩の世界に足を踏み入れた私は、「詩は表現ではない」「作者と発話者は別だ」という主張…
もうすぐ石牟礼道子さんの一周忌(二月十日)。作家というより詩人と呼ぶべき人だと思う。その言葉は水俣という風土への情愛と葛藤によって、比類なく豊かな生命をもたらされている。詩とは風土と必然的に葛藤するもの。だが詩が葛藤することで、風土は隠し…
『村上昭夫著作集(上)ー小説・俳句・エッセイ他、北畑光男編』(コールサック社)が、没後五十年目の昨秋刊行された。 村上は一九二七年岩手生まれ。敗戦間際十八歳で渡満し四六年帰国。翌年郵便局員となり組合機関誌に作品を発表。五〇年結核発病後は療養所で…
「もう一つのこの世」あるいは「もう一つの秩序」を確固と、そして燦然と、この世の内で描き出すことーそれは、もっとも美しい抵抗ではないだろうか。詩であれ生き方であれ、 この世にまつろわずあの世に逃避することもせず。「もう一つのこの世」は詩人がう…
齋藤貢『夕焼け売り』(思潮社)は、今も見えない放射線の恐怖と向き合う核被災地の痛みを、類いまれな詩的幻想の力で伝える。聖書の楽園喪失と一粒の麦としての「ひと」のイメージが作り出す不思議な時空は、古代でもあり未来でもある。訥々とした語りは原初…
昨夜、新宿・紀伊國屋ホールで行われた辺見庸氏の講演「存在と非在/狂気と正気のあわいを見つめて—『月』はなぜ書かれたのか」をききました。最新刊『月』刊行を記念しての講演です。風邪による熱を押しての二時間半、氏は会場に集った人々を、「友人たち」…
松村栄子『存在確率―わたしの体積と質量、そして輪郭』(コールサック社)は、一九九二年「至高聖所(アバトーン)」で芥川賞を受賞した小説家が、十代から二十代後半にかけて書いた詩をまとめた。「卒論はフランスの詩人のイヴ・ボヌフォワについてであり」…
共に立つ夜 ー伊藤若冲「伏見人形図」 河津聖恵火の日 四条河原町交差点のマルイ前に集う人々の背後に人形たちが現れる都の大火は歴史の彼方へ鎮められたが人形たちはまちの辻々に散らばった埋み火を拾っては食らい二百年を超える命を繋いで来たらしい火の日…
「もし、あなたが、プライド守るために、その尊い拳を握ろうとしているのなら、ペンを持って握って欲しい。殴り書きから始まる詩が、確かにあるということを僕が証明していきたい。このなかなか、言うことを聞いてくれない、決して自由とは言えない身体で。…
「ふくい詩祭2018」のパンフレットに載った、私が選んだ鮎川信夫の詩2篇です。「死んだ男」や「アメリカ」も名作ですが、あまりよく知られていないこの2篇も素晴らしいと思います。「詩がきみを」は、シベリア抑留を体験した詩人石原吉郎の急逝に際して書か…